劉ク

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本来の表記は「劉昫」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。

劉昫(りゅう く、887年 - 946年)は、五代十国時代涿州帰義(現在の河北省保定市雄県)の人、後晋の政治家。字は耀遠。

伝記[編集]

後唐荘宗の時に太常博士、翰林学士に任ずる。明宗の時に兵部侍郎、端明殿学士に任ずる。

後晋の時、司空同平章事の官位に至る。後に後晋の出帝開運2年(945年)《唐書》(《旧唐書》)200卷の撰へ招いた。実際は趙瑩、張昭遠、賈緯らの作であった。

著書[編集]

  • 『唐書』[1]

脚注[編集]

  1. ^ 旧唐書