北沢洋子

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北沢 洋子(きたざわようこ、1933年1月1日 - 2015年7月3日)は、国際問題評論家。

略歴[編集]

東京出身。本名・佐藤洋子。1955年横浜国立大学経済学部卒業。 1959年より1967年まで、夫の北沢正雄とともに、エジプトカイロにあるアジアアフリカ人民連帯機構書記局に勤務する。

1973年、『アジア太平洋資料センター』の設立に参加する。1974年に、南アフリカアパルトヘイト体制について、国連総会に報告する。1990年、『草の根援助運動』を創設する。1993年、「G7を裁く国際民衆法廷」を開催する。1998年ジュビリー2000日本実行委員会をの創設に関わる。その後も『途上国の債務と貧困ネットワーク』共同代表や、日本平和学会の会長をつとめた。

2015年7月3日、間質性肺炎のため死去[1]。82歳没。

発言[編集]

  • グローバリゼーションによって、貧困が増えただけでなく、格差が広がった。ビル・ゲイツのようなものすごい金持ちが出てきた。最貧国(LLDC)49 ヶ国、6億人の年間GNPを全部合わせたものより、ビル・ゲイツ個人の資産の方が大きい[2]
  • テロの根源は、貧困にある。それを正すことが、遠回りに見えて、実は近道。それをブレアが言いだしたことが、意味深長[2]
  • 生活はグローバル化しているのに、意識はジャパン。世界にそういう問題がある、ということを人々に知らせることが重要[2]

著書[編集]

  • 『東南アジアの叛乱』情況出版 1974
  • 『アパルトヘイトへの日本の加担 日本・南ア経済関係調査報告』アジア太平洋資料センター 1975
  • 『私の中のアフリカ』 1979年 朝日新聞社 のち現代教養文庫 
  • 『私の会った革命家たち アジア・アフリカ30人』1980年 第三文明社
  • 『黒いアフリカ』1981年 聖文社
  • 『日本企業の海外進出』1982年 日本評論社
  • 『暮らしの中の第三世界 飽食と繁栄VS飢えと貧困』1989年 聖文社
  • 『開発は人びとの手で - NGOの挑戦:フィリピン農村再建運動(PRRM)』PARC booklet 1998年 現代企画室
  • 『IMFがやってきた - アジアの経済危機と人びとのオルタナティブ』1998年 現代企画室
  • 『利潤か人間か グローバル化の実態と新しい社会運動』コモンズ 2003

共編著[編集]

  • 『人びとは国境を越えて未来を創る ODAアジア・太平洋と日本 ピープルズプラン21世紀神奈川国際シンポジウム全記録』(編)1991年 第三書館
  • 『顔のない国際機関 IMF・世界銀行』村井吉敬共編著 1995年 学陽書房
  • 『女性がつくる21世紀 - 私たちの北京「行動綱領」』清水澄子共著 ユック社、1996 
  • 『自由貿易はなぜ間違っているか』2003年 現代企画室

脚注[編集]