北畠教真

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北畠 教真(きたばたけ きょうしん、1904年8月 - 1969年2月14日)は、浄土真宗本願寺派僧侶参議院議員(2期)。従四位勲二等を受けている。

経歴[編集]

福岡県出身。1928年龍谷大学文学部を卒業後、ベルリン大学ライプツィヒ大学に留学。山形県天童市の善行寺住職を継承した後に本願寺派の社会部長、教育部長、総務部長を歴任。築地本願寺輪番ならびにあそか病院長、津村別院輪番、宗会議長、全日本仏教会事務総長なども務めた。1954年ビルマにおける世界仏教徒会議では日本代表となった。

第5回・第7回の参議院議員通常選挙自由民主党から全国区で立候補し当選。副幹事長を務めた。文教系議員であり、平城京跡の国による買い上げを推進した。1963年にはベオグラードでの第52回列国議会同盟会議に出席。

死後、1969年2月26日の参議院本会議では日本社会党の小林猛が追悼演説した。

エピソード[編集]

趣味は歌唱で、童謡「月の沙漠」を歌って涙するような情緒豊かな面があった。一方、柔道8段(講道館)の腕前でもあり、「北畠教真か、石黒敬七か」と並び称された[誰によって?]

参考文献[編集]

  • 『激動の日本政治史』阿坂書房、1979
  • 『議会制度百年史 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990
  • 1969年2月26日の参議院本会議における追悼演説