北陸鉄道モハ3770形電車

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北陸鉄道モハ3770形電車
基本情報
製造所 日本車輌製造本店
主要諸元
軌間 1067 mm
電気方式 直流 600 V
車両定員 148 人
(座席定員58人)
車両重量 34.4 t
最大寸法
(長・幅・高)
18,450 × 2,742 × 4,120 mm
主電動機 直巻電動機SE-102[注釈 1]
主電動機出力 78.3 kW / 個
駆動方式 吊り掛け駆動
歯車比 19:65=1:3.42
編成出力 313.2 kW
制御装置 電動カム軸式ES-152B
制動装置 SME非常弁付直通空気ブレーキ
備考 元名鉄モ3300形。
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北陸鉄道モハ3770形電車(ほくりくてつどうモハ3770がたでんしゃ)は、かつて北陸鉄道(北鉄)に在籍していた電車1928年昭和3年)に新製された名古屋鉄道モ3300形を譲り受けたものである。全3両が在籍し、石川総線[注釈 2]で使用されていた。

本項では同系のモ3350形・ク2340形を譲り受けて導入したクハ1720形についても併せて記述する。

概要[編集]

石川総線の輸送力増強と老朽化した従来車代替のため、3780系新製に際して主要機器を供出し廃車となったモ3300形3301・3303・3304およびモ3350形3353・ク2340形2341・2342・2344の計7両を1966年(昭和41年)から1967年(昭和42年)にかけて購入し、モハ3771 - 3773およびクハ1721 - 1724として導入したものである。

旧番対照
モハ3770形
モ3304 → モハ3771
モ3303 → モハ3772
モ3301 → モハ3773
クハ1720形
ク2344 → クハ1721
モ3353 → クハ1722
ク2341 → クハ1723
ク2342 → クハ1724

車体[編集]

リベット組み立てによる半鋼製18m級車体を備える。北陸鉄道への入線に際しては、自社鶴来工場で以下の改造が施工された。

  • 正面窓のHゴム固定化
  • 正面貫通扉および客用扉の鋼製化
  • 車掌側乗務員扉の幅員縮小および開き扉化[注釈 3]
  • 正面幌枠新設
  • 車体塗装の北鉄カラー化
  • 耐寒耐雪対応化

これらは1967年(昭和42年)から翌1968年(昭和43年)にかけて順次竣工した。

車内は名鉄時代のまま手を加えられず、室内灯は白熱灯仕様で、扇風機等送風・換気設備の類は装備されなかった。

主要機器[編集]

主要機器については、前述のように本来装備していたものは名鉄在籍当時に他形式へ供出していたため、モハ3770形については本形式導入に伴い代替廃車となったモハ3150形の廃車発生品[注釈 4]およびED31形電気機関車から転用した台車や主電動機[注釈 5]を搭載して再電装された。

主電動機は芝浦電気製造(現・東芝)製SE-102[注釈 1]、制御器は東洋電機製造製ES-152B電動カム軸式自動加速制御器、台車はボールドウィンA形台車の模倣改良品である住友金属工業製KS-30L弓形釣り合い梁式台車、制動装置はSME非常弁付直通空気ブレーキである。

クハ1720形についてはクハ1150形の廃車発生品および予備品の台車と組み合わされて竣工し、落成当初は日本鉄道自動車(現・東洋工機)製NT-28、日本車輌製造製D-16、国鉄払い下げのTR10と、いずれも釣り合い梁式の台車を装着した。なお、クハ1720形は後年頻繁に台車交換が行われたが、その全容については省略する。

運用[編集]

石川総線初の18m級車体を持つ大型車として同線の主力車両となった本形式であったが、1970年(昭和45年)に発生した事故でモハ3771が被災大破し廃車となった。

クハ1720形は1976年(昭和51年)頃に側窓の上段および戸袋窓の窓固定支持のHゴム化を施工し[注釈 6]、モハ3770形についても遅れて1986年(昭和61年)に戸袋窓のHゴム固定化が施工されたが、側窓については原形のままとされたため、両形式間で側面見付に変化が生じている。

その後、1980年(昭和55年)の能美線廃止に伴い余剰となったクハ1721が休車となった。しかし、1984年(昭和59年)にクハ1724が野町駅構内で脱線事故を起こし、台枠が変形したため運用離脱を強いられ[注釈 7]、制御車が不足する事態となった。そのため休車状態となっていたクハ1721が整備の上復活し、その際長年の留置によって腐食が進行した外板の張替えが施工され、ノーリベット車体となった他、ウィンドウシル・ヘッダーが平板化されて特徴ある外観となった。

1987年(昭和62年)の金名線廃止に伴い余剰となったクハ1722が同年4月に廃車となり、残る4両についても、車体更新を施工されたモハ3750形およびモハ3760形が日中の運用に優先的に入るようになったことから、主にラッシュ時の2両以上の編成で使用されることが多くなっていった。

そして1990年平成2年)、石川線では車両近代化のため元東急7000系(初代)を譲り受けて7000系として導入、前述モハ3750形およびモハ3760形を除く、本形式を含む従来車を一掃することとなった。

7000系の入線に先立って石川線全駅のホーム高さがかさ上げされることになったため[注釈 8]、本形式も客用扉部ステップが撤去されて該当部分の床のかさ上げが施工されている。そして7000系導入に伴い本形式は順次運用を離脱し、同年12月に全車廃車解体された。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ a b 端子電圧600V時1時間定格出力78.3kW。省形式MT4として鉄道省モハ1形に大量採用された、ゼネラル・エレクトリック社製GE-244A(端子電圧675V時1時間定格出力85kW/890rpm)の正規契約に基づくライセンス生産品である。
  2. ^ 北鉄では、石川線・能美線金名線の、いずれも線路が繋がった3路線を総称して「石川総線」と称した。しかし後年石川線以外の2つの路線が廃止となったため、以降「石川総線」の呼称は公式には使用されなくなっている。
  3. ^ 乗務員扉と隣接する、元の戸袋窓に相当する側窓も他の側窓と同様に開閉可能に改造された。
  4. ^ モハ3151の機器がモハ3771へ、モハ3152の機器がモハ3772へ、それぞれ転用されている。
  5. ^ モハ3773へ搭載された。なお、ED311についてはこの時点では廃車とはならず、他の車両から転用したDT10に台車を振り替えられている。
  6. ^ この改造によって側窓はいわゆるバス窓タイプとなった。
  7. ^ 同車は長らく休車となった後、1986年(昭和61年)6月に廃車となった。
  8. ^ 7000系をそのまま導入したのでは床面とホームとの段差が大きく生じ、またステンレス車である7000系の車体構造上の制約からステップの追加設置が困難であったため、ホーム側をかさ上げすることとなった。

出典[編集]

参考文献[編集]

  • 鉄道ピクトリアル鉄道図書刊行会
    • 1968年10月号(通巻215号) 『私鉄車両めぐり(77) 北陸鉄道』
    • 1986年12月号(通巻473号) 『他社で働く元・名鉄の車両たち』 P181 - 182
    • その他関連記事掲載各号
  • 『世界の鉄道'74』 朝日新聞社 1973年