南島原市立布津小学校

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南島原市立布津小学校
過去の名称 布津学区公立中等布津小学校
尋常布津小学校
布津尋常小学校
布津尋常高等小学校
布津村第一国民学校
布津村立第一小学校
布津村立布津小学校
布津町立布津小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 南島原市
併合学校 第一分校・第二分校
設立年月日 1884年(明治17年)9月
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
所在地 859-2112
長崎県南島原市布津町乙1676番1号(本校)
外部リンク 公式サイト
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南島原市立布津小学校(みなみしまばらしりつ ふつしょうがっこう)は、長崎県南島原市布津町乙に本校を置く公立小学校

概要[編集]

歴史
1884年明治17年)に「布津学区公立中等布津小学校」として開校。数回の改称を経て2006年平成18年)に現校名となった。2014年平成26年)に創立130周年を迎えた。分校を2校有していたが、2校とも2016年(平成28年)3月末に廃止。
学校教育目標
「感謝し高めあう児童の育成」
校章・校歌
分校

分校を2校有していたが、2016年(平成28年)3月末をもって2校とも廃止となった。

  • 旧・第一分校 - 〒859-2111 南島原市布津町甲381-1 (地図
  • 旧・第二分校 - 〒859-2113 南島原市布津町丙825-1 (地図
校区
住所表記で「南島原市布津町」の後に「野田第1-4、丸山、寺田、貝崎第1・2、貝崎浜第1・2、尾篠、中通第1・2、湯田第1・2、大崎、植松、新田、三本松、蔭平、木場、向木場、八重坂、甲1-4194番地・4227-7807番地・7821-7824番地・7833-7836番地」[1]が続く地域。中学校区は南島原市立布津中学校[2]

沿革[編集]

前史(布津村)
  • 1872年(明治5年)8月 - 学制が頒布される。
  • 1874年(明治7年)10月1日[3] - 布津村貝崎名に「貝崎小学校」が開校[4]
  • 1876年(明治9年)2月 - 大崎名に「(人民共立)大崎小学校」が開校[5]
  • 1878年(明治11年)4月 - 郡制の施行により、南高来郡の所管となる。
正史
  • 1884年(明治17年)9月2日 - 山下信之真からの寄付により、「布津学区 公立中等布津小学校」が開校。貝崎杉之沢に校舎を設置。初代校長には大木與[6]二郎が就任。
  • 1885年(明治18年)- 児童数の増加により、校舎を増築。
  • 1886年(明治19年)9月 - 小学校令の施行により、「布津学区尋常布津小学校」(修業年限4年)に改称。
  • 1889年(明治22年)4月 - 町村制の施行により、布津村立の小学校となる。
  • 1892年(明治25年)- 大崎(現在地)に新校舎が完成し移転を完了。
  • 1894年(明治27年)5月 - 「布津尋常小学校」に改称(「尋常」の位置が変更になる)。補習科(修業年限2年)を設置。
  • 1897年(明治30年)8月 - 校地北部に校舎を増築。女児を対象に裁縫科を設置。
  • 1901年(明治34年)4月 - 校舎を増築し、高等科を併置の上「布津尋常高等小学校」に改称(尋常科4年・高等科4年)。補習科を廃止。
    • 野田分教場を開設し、尋常科2年生までを収容(第一分校の始まり)。
  • 1905年(明治38年)4月 - 高等科の授業科目に農業科を加える。
  • 1908年(明治41年)4月 - 小学校令の改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長される。
    • 旧高等科1年を尋常科5年に、旧高等科2年を尋常科6年に、旧高等科3年を高等科1年に、旧高等科4年を高等科2年に振り替える。
    • 修業年限が尋常科4年・高等科4年から「尋常科6年・高等科2年」に変更となる。
  • 1910年(明治43年)
    • 野田分教場に校舎を増築し、「第一分教場」に改称。
    • 木場に校舎を建設し、「第二分教場」とする(「第二分校」の始まり)。
  • 1919年(大正8年)4月 - 高等科(2年)修了者を対象に補習科(修業年限1年)を設置。
  • 1925年(大正14年)5月 - 校舎を増築。
  • 1937年(昭和12年)4月 - 併設の補習科が布津青年学校に改組される。
  • 1941年(昭和16年)
    • 4月1日 - 国民学校令の施行により、「布津村第一国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める(初等科6年・高等科2年)。
      • 第一分教場の4年生が本校に通学することとなる。
      • この時、飯野尋常小学校が「布津村第二国民学校」となった。
    • 7月 - 運動場を拡張(第一次)。
  • 1942年(昭和17年)1月 - 運動場を拡張(第二次)。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
    • 国民学校の初等科が改組され、「布津村立第一小学校」となる。第一分教場を「第一分校」、第二分教場を「第二分校」とする。
    • 国民学校の高等科は青年学校の普通科とともに改組され、新制中学校布津村立布津中学校」となる。
      • 校舎が完成するまでの間、布津中学校に西校舎5教室を貸与。
  • 1950年(昭和25年)4月 - 校舎1棟を増築。
  • 1952年(昭和27年)
    • 5月 - 学区改定により、従来第二小学校(飯野小学校)に通っていた八重坂地区の児童が本校に通学することとなる。
    • 10月 - 第一分校、1教室を増築。
  • 1955年(昭和30年)4月1日 - 「布津村立布津小学校」に改称。
  • 1959年(昭和34年)4月 - 児童数が最大の952名(男子471名・女子481名)を記録する。
  • 1966年(昭和41年)1月 - 校章を制定。
  • 1969年(昭和44年)4月1日 - 布津町の発足により「布津町立布津小学校」に改称。
  • 1970年(昭和45年)3月 - こども会記念碑を建立。
  • 1973年(昭和48年)5月 - 新校舎が完成。
  • 1976年(昭和51年)1月 - 校旗が寄贈される。
  • 1977年(昭和52年)10月 - プールが完成。
  • 1978年(昭和53年)3月 - 運動場を整備。第二分校の運動場を拡張。
  • 1980年(昭和55年)3月 - 第一分校と第二分校、それぞれのグラウンドに夜間照明設備を設置。
  • 1981年(昭和56年)4月 - 体育館が完成。
  • 1983年(昭和58年)3月31日 - 特殊学級を閉級。
  • 1985年(昭和60年)
  • 1991年(平成3年)6月 - 雲仙普賢岳の噴火により、隣町の深江町から町民207名が本校の体育館に避難。
  • 1993年(平成5年)5月 - 学校給食が開始。
  • 1996年(平成8年)3月 - 第二分校の体育館が完成。
  • 2006年(平成18年)3月31日 - 南島原市の発足に伴い、「南島原市立布津小学校」(現校名)に改称。
  • 2016年(平成28年)3月31日 - 第一分校・第二分校を廃止。

交通アクセス[編集]

最寄りのバス停
  • 本校 - 島鉄バス 加津佐・有家・島原駅線など 「布津総合支所前」バス停
    • 旧・第一分校 - 島鉄バス 加津佐・有家・島原駅線など 「寺田」バス停
    • 旧・第二分校 - 島鉄バス 藤原線 「布津分校前」バス停
最寄りの国道
最寄りの鉄道駅

周辺[編集]

本校
旧・第一分校
  • 寺田保育園
旧・第二分校
  • 木場保育園
  • 多良神社

参考資料[編集]

  • 「布津町史」(1998年(平成10年)3月10日発行, 布津町)p.630 -
  • 「長崎新聞に見る長崎県戦後50年史(1945~1995)」(1995年(平成7年)8月9日発行, 長崎新聞社)「布津町」

脚注[編集]

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  1. ^ 2016年(平成28年)3月末の分校廃止前までは4-6年生はすべて布津小学校本校に、野田第1-4、丸山、寺田の1-3年生は第一分校に、蔭平、木場、向木場、八重坂の1-2年生は第二分校に通学することになっていた。
  2. ^ 小学校通学区域 - 南島原市教育委員会ウェブサイト
  3. ^ 12月3日とも。
  4. ^ 長崎県教育史上巻p.553 - 国立国会図書館 近代デジタルライブラリーウェブサイト
  5. ^ 長崎県教育史上巻p.554 - 国立国会図書館 近代デジタルライブラリーウェブサイト
  6. ^ 「與」は「与」の旧字体。

関連項目[編集]