南海サハ4801形客車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

南海サハ4801形客車(なんかいサハ4801がたきゃくしゃ)とは、南海電気鉄道に在籍した客車である。

概要[編集]

戦前に一時行われていた南海の南紀(紀勢本線)直通列車は1951年に復活した。当初は国鉄所属客車が南海に乗り入れていたが、これを南海所属車両に置き換えるための専用客車として、山手線(現阪和線)の国鉄買収時に南海が引き上げたサハ3801形3804(旧クタ800形804)の車籍および機器流用名義で、国鉄スハ43形をベースとしたサハ4801形客車を1952年帝国車両にて1両(サハ4801)のみ製造された。

車体そのものは基本となったスハ43形とほぼ同一であるが、屋根上の通風器は左右両側に分割されたガーランド式で中央には2列のランボードが設置され、車体色が濃緑色となっていた。また、デッキ上部に赤字で「南海」と社名を表示する当時の国鉄の特別二等車用と同様式の表示灯が備えられ、車内は当初より蛍光灯照明となっており、座席はラテックススポンジを用いたスハ43形とは異なる形状のものであった。

暖房は社線(南海本線)内は牽引する電動車から供給される直流600V電源による電気暖房[1]を、国鉄線内は併結される国鉄客車を介して蒸気機関車あるいは暖房車から供給される蒸気暖房をそれぞれ使用し、この関係で蒸気暖房管に加えて電気暖房のための給電用ジャンパ栓が追加されている他、社線内では常に編成最後尾となるため、緩急車並に標識灯が妻面に埋め込まれているのが特徴であった。

台車は、新造時はサハ3801形から流用された、鉄道省制式の球山形鋼を使用するイコライザー式台車であるTR14形相当のY-16[2]であったが、1963年キハ5501・5551形用に準じた軽量構造のウィングバネ式台車であるTR51N形を別途新製して交換を実施している[3]

運用[編集]

南海線内では、200馬力級の大出力モーターを搭載するモハ2001形3両[4]に牽引されて特急列車扱いとして走行した。

本形式は1両のみであったため、検査や多客時の増発・増結時には国鉄から客車を借り入れていた。その多くは35系のオハフ33形であったが、当時最新鋭の10系軽量客車であるナハフ11形が使用されたこともあった。

1959年に南紀直通用気動車として国鉄キハ55系気動車の同型車キハ5501・5551形が投入されて以降、サハ4801は南紀直通の主力の座を気動車に譲り、事実上夜行列車こちらを参照)専用となった。国鉄線内は気動車が準急列車(のちに急行列車)扱いであったのに対してサハ4801は普通列車扱いとなった。

1972年3月のダイヤ改正で、戦前の南海鉄道時代からの長い歴史を誇った客車による紀勢線乗り入れ列車の運行を廃止[5]した。これに伴い役目を失ったサハ4801は廃車解体された。

脚注[編集]

  1. ^ この電気暖房は戦前の南紀直通列車である黒潮号でも使用されていた伝統あるシステムであった。なお、戦前は鉄道省からの借り入れ客車で運行していたが、それらは電気機関車牽引の湘南列車用に直流1500Vを電源とする電気暖房装置が搭載されている車両が特に選ばれていた。
  2. ^ Y-16はメーカー名などのアルファベットの頭文字と心皿荷重を組み合わせた南海の社内呼称。本来サハ3801形←阪和電気鉄道(南海山手線)クタ800形←筑波鉄道ナハフ101形・ナロハ201形は日本車輌製造製であるため、この台車はN-16となるべきものであるが、いかなる事情からか「Y」を形式に冠している。公式には筑波鉄道ナロハ201形204→阪和電気鉄道クタ800形804→南海サハ3801形3804からの流用とされ、その車籍も継承したが、実際には3804は本形式竣工後の1952年夏に橋本で台車を装着したまま留置されていた姿が撮影されており、本形式には部品が一切流用されていないことになる。本形式に転用されたY-16台車は、同型の筑波鉄道ナロハ201形202→阪和電気鉄道クタ800形803→南海サハ3801形3803のものが端梁部を改造の上で転用されたという。
  3. ^ 紀勢本線内で台車に故障が発生した場合に、同じ南海からの乗り入れ車であるキハ5501・5551と同じ部品を使用していれば、修理が容易に実施可能になるとの理由による。
  4. ^ 実際には社線内の需要の関係でクハ2801形が別途連結されるケースが多く、ほとんどの場合本車を合わせて3M2T編成で運行された。モハ2001形が全廃された1970年以降は、牽引を担当する電動車が150馬力級のモーターを搭載するモハ1551形に変更され、当初はダイヤ維持のために全電動車による4M1T編成で、後には運用上の都合からダイヤを変更しサハ1901形1両を含む3M2T編成で運行された。また、住ノ江検車区への回送の際には原則的にモユニ1041形が牽引していた。
  5. ^ 1973年貴志川線を除く南海の鉄道線全線で1500Vへの昇圧が行われるため、サハ4801を牽引できる電車の全廃が決まったこと、さらに難波駅の大改造工事が既に予定されており、その際に機回し線が撤去されることから客車運用が不可能になることがその要因であった。

関連項目[編集]