南海20000系電車

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南海20000系電車
旧交通科学博物館に展示されていた1/20の模型
交通科学博物館に展示されていた1/20の模型
基本情報
製造所 帝國車輛工業
製造年 1961年
運用開始 1961年
引退 1984年9月16日
廃車 1985年1月
主要諸元
編成 4両編成
軌間 1,067 mm
電気方式 直流600V架空単線式
最高運転速度 100(山岳区間30) km/h
起動加速度 3,0 km/h/s
減速度 3,5 km/h/s
台車 住友金属工業製 FS-338
主電動機 東洋電機製 TDK-820-B
駆動方式 中空軸平行カルダン駆動方式
制御装置 東洋電機製 ACD-10
備考 登場時のデータ
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南海20000系電車(なんかい20000けいでんしゃ)[注 1]は、南海電気鉄道高野線特急「こうや号」(現・「こうや」)用に在籍していた専用車両

ズームカー」こと21001系の特急版ということで「デラックスズームカー」と呼ばれた[1]

概要[編集]

南海高野線では、1952年より1251形クハ1900号を使って特急「こうや号」の運行が開始された[2]。しかし、1958年に21001系ズームカーが登場すると性能的に見劣りがするようになったため、21001系をベースにサービス設備面をグレードアップした特急専用車両を製作することになり[1]1961年に堺の帝国車両[注 2]で製造された[3]

編成は難波寄りからモハ20001(A号車)-モハ20100(B号車)-サハ20801(C号車)-モハ20002(D号車)で、機器の基本設計は21001系に準じるが、全電動車方式であった21001系に対し、本系列は冷房電源を供給する大容量電動発電機トイレ・洗面所用水タンクの装備スペースを床下に確保するため、1両は付随車となっている。それでも定員乗車が原則の有料座席指定特急に専用される車両であったため、山岳区間での運行には全く支障がなかった[1]

車体[編集]

新造当時一般的な普通鋼による準張殻構造の17m級車体を備える。

窓配置は20001・20002が運転台寄りから1D61、20100が1D61、20801がd15D1(d:業務用扉、D:客用扉)で、シートピッチに合わせて幅1,750mm×高さ800mmの大形複層ガラスを客用窓とした[1]。なお、各車共に2枚折戸による客用扉が設けられた側と反対側車端部に約半分の幅の側窓が設けられているが、これは非常時の脱出用や冷房故障時等の換気用を兼ねた下降窓とされていた。両先頭車運転台横にも、曲角の下降窓があったが、これは運転開始の時点では一部に通票閉塞の区間が残っていたためである。20801には難波寄りに業務用扉(非常用を兼ねる)が設けられているが、これはこの位置に車内販売などを行うサービスコーナーが設けられており、その資材出し入れのために用意されたものであった[1]。また塗装はクリームイエローとワインレッドのツートンカラーという独自の物が採用された[4]

エクステリアデザインは、スイス連邦鉄道(SBB、スイス国鉄)のTEE用電車であるRAe TEEII電車を意識してデザインされたと伝えられ、左右の腰部に各1灯、屋根中央部に1灯の合計3つのシールドビームが設けられた前照灯の配置や、乗務員扉を持たない流線型の前頭部の造形、それに塗色などにその影響が認められる。その独特で複雑な造形の流線型前頭部は全て熟練職人の手による叩き出しで仕上げられており、国鉄80系電車の製造でも抜群の仕上がりの良さを賞賛された、帝国車両の車体製造技術の粋を集めた作品であった。

インテリアデザインは、高島屋が担当し、光天井方式と南海伝統の読書灯を併用する落ち着いた中に高級感のある優れた意匠とされ、座席は当時の国鉄一等車並みのリクライニングシートを採用、シートピッチは1050mmである[5]。また、通路の扉はオレンジがかった色味の透明アクリル製マジックドア(自動扉)が採用されていた[5]

主要機器[編集]

電装品[編集]

21001系と共通の東洋電機製造製TDK-820-B(端子電圧300V時定格出力70kW 265A/1,300rpm/4,500rpm)を装備し、駆動装置も同じく東洋電機製造が開発した中空軸平行カルダン駆動方式、制御器についても当初は東洋電機製造ACD-10を採用した。ただし、特急用ゆえに平坦線での高速走行性能が重視され、最大弱め界磁率は21001系の25%から22%に引き上げられていた。性能は加速度3.0km/h/s、減速度3.5km/h/s 釣合速度は100km/hである。100km/hを超えると自動的に強界磁段68%にノッチが入り、電動機の許容回転数を越えないような機構も備えている。

また、集電装置は通常の菱形パンタグラフが20001・20002の運転台寄りと20100の難波寄りに設けられていた[6]

台車[編集]

21001系の住友金属工業 FS-317Aをベースに、枕ばねをエリゴ形空気ばねに置き換えた、住友金属工業FS-338一体鋳鋼ウィングばね台車を装着する。この台車はベローズ式の空気ばねを挟んで上下2つの揺れ枕を備え、ボルスタアンカーが上揺れ枕と台車側枠を連結する、第一世代の空気ばね台車であるが、一体鋳鋼製側枠ゆえの高剛性と高野線の軌道条件に合わせて入念に調整されたばね定数設定により、特急車に相応しい乗り心地を実現していた。

ブレーキ[編集]

発電ブレーキと空気ブレーキの同期動作を行う三菱電機HSC-D発電制動併用電磁直通ブレーキが採用されており、発電制動は同時代の21001系と同じ制御段数となっていた。

冷房装置[編集]

冷凍能力4,000kcal/hの東芝製分散式冷房装置が各車5基ずつ搭載されており(分散式ではあるが、キセは連続形になっていた)[1]、これに給電する電源として、20801の床下に大容量電動発電機が装架されていた。

運用[編集]

本系列は十分に吟味した材料や部品を使用し、製造コストが高騰したこともあって僅かに4連1編成が製造されたに留まった。このため、閑散期である冬季は定期検査を行う必要から全列車運休となっていた。冬期以外でも臨時検査時には運休となり、代走及び夏期などの多客時の増発として21001系クロスシート車による「臨時こうや号」が運転されるケースがしばしばあった[2]

1973年10月7日の高野線昇圧時には、それに先立つ9月末で同年内の営業運転を終了、冬期検査と併せた改造工事が実施された。奇数M車構成であったため、1C8M制御方式のMM'構成として改造された21001系とは異なり単車昇圧が実施され[7]、主電動機(TDK-820-D)や主制御器といった主要機器を1,500V専用で製作された新品と交換した。

1977年には高野山全国植樹祭が行われたことから、その際、国鉄和歌山線との接続駅である橋本駅 - 極楽橋駅間で昭和天皇お召列車としての役割を担った[8]

1983年の弘法大師ご入定1150年御遠忌に伴う輸送力増強が計画された際には、新造から四半世紀が近づき老朽化が目立ち始めたことから、当初本系列に更新工事を実施して延命することが検討された。だが、最終的には輸送力増強のために系列の代替を目的とした後継車として30000系2編成の新造が決定された。


30000系の竣工後、本系列は定期運用を同系列に譲り、御遠忌のスケジュールにあわせて随時運行された「臨時こうや号」として使用された後、1984年9月15日16日にさよなら運転が行われた[8][5]。さよなら運転の翌日の9月17日に休車となり[5]1985年1月に老朽化のため廃車された[9]

廃車後はまず中間車の2両が解体されたが、先頭車2両はみさき公園内で静態保存された。車内の座席を撤去し当初は「南海の歩み記念史列車館」として[5]、南海ホークス(現、福岡ソフトバンクホークス)のダイエーへの売却後は「ホークス記念館」として使用されたが、露天での保存で車体の傷みが進行したこともあり、残った先頭車2両も1994年[10]に解体された。先頭車前面の愛称板部分が愛好家の手によって残され、2009年に天理参考館へ収蔵されている。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 南海電気鉄道の車両形式#南海における「〜系電車」の表記についてを参照されたいが、1521系およびキハ5501形以降の製造である本系列の名称は末尾0で表記するのが正しく、20001系と末尾1とするのは誤りである。南海の公式ホームページ内の「電車グッズ:ネクタイピンセット」内の記述にも20000系との表記がある。
  2. ^ 後に東急車輛製造に吸収合併、現在は総合車両製作所

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 藤井信夫 『車両発達史シリーズ 6 南海電気鉄道 下巻』 関西鉄道研究会、1998年12月、42-43頁。 
  2. ^ a b 「南海個性派列車列伝」、『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号 特集・南海電気鉄道、電気車研究会、2008年、 142-143頁。
  3. ^ 「南海電気鉄道車両変遷表」、『鉄道ピクトリアル』1985年12月臨時増刊号 特集・南海電気鉄道、電気車研究会、1985年、 210頁。
  4. ^ 南海電気鉄道 『南海電気鉄道百年史』、1985年、286頁。 
  5. ^ a b c d e 「私鉄車両めぐり130 南海電気鉄道」、『鉄道ピクトリアル』1985年12月臨時増刊号 特集・南海電気鉄道、電気車研究会、1985年、 197頁。
  6. ^ 南海電気鉄道車両部・井上広和 『日本の私鉄 9 南海』 保育社、1981年、136頁。
  7. ^ 藤井信夫 『車両発達史シリーズ 6 南海電気鉄道 下巻』 関西鉄道研究会、1998年12月、99頁。 
  8. ^ a b 藤井信夫 『車両発達史シリーズ 6 南海電気鉄道 下巻』 関西鉄道研究会、1998年12月、53頁。 
  9. ^ 「南海個性派列車列伝」、『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号 特集・南海電気鉄道、電気車研究会、2008年、 147頁。
  10. ^ 鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号 特集・南海電気鉄道、電気車研究会1995年、 98,209。