南海6000系電車

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南海6000系電車
Nankai6000 6017F.jpg
南海6000系後期車 6017F
今宮戎駅
基本情報
製造所 東急車輛製造
製造年 1962年 - 1969年
製造数 72両
主要諸元
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1500V架空電車線方式
最高運転速度 100 km/h
起動加速度 2.5 km/h/s
全長 20,725 mm
全幅 2,744 mm
全高 4,160 mm
車体 ステンレス鋼
台車

S型ミンデン式ダイレクトマウント空気ばね台車
FS-392C・FS-092A

ミンデンドイツ式ベローズ式空気ばね台車
FS-355
(軸箱梁式パイオニアIII形台車※)
(TS-702・TS-702T※)
主電動機 直流直巻電動機
駆動方式 WN駆動方式
歯車比 5.31
制御装置 超多段式バーニア抵抗制御方式
VMC-HTB-20AN
制動装置 電磁直通ブレーキ
発電ブレーキ併用、抑速ブレーキ付き)
備考 ※は更新前のデータ
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貫通扉窓が大型の6000系初期車[注 1] 6001F
帝塚山 - 岸里玉出間)
6000系 車内

南海6000系電車(なんかい6000けいでんしゃ)とは、南海電気鉄道高野線で運用されている一般車両(通勤形電車)の一系列。

本記事ではなんば方先頭車の車両番号+F(Formation=編成の略)を編成名として表記する。

概要[編集]

製造初年は1962年。同年12月25日から営業運転を開始し[1]、1969年までに72両が製造された。高野線では「大運転」と称する平坦区間と山岳区間の直通運転に対応した15m2扉車体の561形1251形、17m2扉車体の21001系・21201系が使用されていたが、1960年代から平坦区間では沿線の住宅開発が進み通勤客が急増し、これらの車両では輸送力不足となっていた。このため高野線の平坦区間である難波 - 三日市町間に南海本線と同様の山岳区間に対応しない20m4扉車体の通勤形電車を投入し、輸送力を向上させることになった。

南海の4扉通勤車としては初の高性能車である。東急車輛製造アメリカバッド社ライセンス供与を受け、日本で初めて開発したオールステンレス車体を採用した。東急車輛製のオールステンレス車としては同じ1962年に、その嚆矢となる東京急行電鉄(現・東急[注 2]7000系電車、続いて京王帝都電鉄(現・京王電鉄3000系が登場しているが、この2系列は18m級3扉車であったのに対し、同年12月に登場した本系列は初めての20m級車体となった。側扉は片開き式で、2018年12月現在、南海の特急専用車両以外の現行車両では唯一の存在である。南海本線で運用されていた7000系は、本系列の普通鋼製車体バージョンである。ステンレス車体は事故などで損傷した際の修繕が難しかったため、6000系以後も踏切の比較的少ない高野線はステンレス車、南海本線は鋼製車というパターンが9000系の投入まで続くこととなった[注 3]

起動加速度はM・T同数編成で2.5km/h/s、2M1T編成で3.4km/h/sである。主電動機三菱電機製MB-3072-A(後にB)で、出力は600V時115kW/1600rpm、1500V時145kW/2000rpm、1962年当時の狭軌電車用電動機としては最強クラスのモーターである。1500V時の定格速度は60km/hで、通勤車としては高いうえに弱界磁制御を30%まで行う。駆動装置はWNドライブブレーキ方式は発電ブレーキ併用電磁直通空気ブレーキ (HSC-D) 、台車は米バッド社の技術の下、製造元の東急車輛製造が改良し軽量化を図った軸箱梁式のパイオニアIII(東急車輛製造製TS-702、付随台車はTS-702[T])型で、軸箱外側に露出したディスクブレーキローターが特徴である。

本系列登場時、南海電鉄の架線電圧は600Vであり、本系列は600V対応の電装品を搭載して製作されたが、1500Vへの昇圧が決定した1965年以降の新製車は600Vと1500Vの双方に対応する複電圧車となり、さらに1966年以降の新製車は輸送需要も高まりつつある時期とも重なり4両編成とされた(この時の編成はMc+Tc+T+Mc)[2]。また初期車も4両編成化されており、このために登場当初は先頭車だった車両を中間に組み込んだ編成が存在する。初期車は1972年に複電圧仕様に改造され、1973年10月の昇圧を迎えている。

編成構成[編集]

登場当初は難波方からモハ6001形(Mc、制御電動車)+サハ6801形(T、付随車)+モハ6001形(Mc)の3両編成であった。

1次車
  • 6001-6801-6002 (1962年12月1日竣工)
2次車
  • 6003-6802-6004(1963年8月21日竣工)
  • 6005-6803-6006(1963年9月3日竣工)
  • 6007-6804-6008(1963年9月3日竣工)

1964年に新製された編成は同じ3両編成でもモハ6001形(Mc)+モハ6001形(Mc)+クハ6901形(Tc、制御車)の構成に変更されている。制御方式は抵抗制御だが、日立製作所製超多段(バーニア)制御器(形式:VMC-HTB-20AN)を採用し、スムーズな加速を実現している。

3次車
  • 6009+6010Ⅰ-6901(1964年12月14日竣工)
4次車
  • 6010Ⅱ+6012-6902(1965年3月4日竣工)
  • 6013+6014-6903(1965年3月4日竣工)


1966年10月以降の新製車はMc-Tc+T+Mcの4両編成に変更されている。

5次車
  • 6805・6806・6807(1966年8月31日竣工)
  • 6015-6904+6808-6016(1966年10月14日竣工)
  • 6017-6905+6809-6018(1966年10月14日竣工)
6次車
  • 6019-6810-6020(1967年9月20日竣工)
  • 6021-6811-6022(1967年9月20日竣工)
  • 6023-6906+6812-6024(1967年10月18日竣工)
  • 6025-6907+6813-6026(1967年10月18日竣工)
7次車
  • 6027-6908+6814-6028(1968年3月18日竣工)
  • 6909・6910・6911(1968年9月14日竣工)
  • 6029-6912+6815-6030(1968年9月9日竣工)
  • 6031-6913+6816-6032(1968年11月1日竣工)
  • 6033-6914+6817-6034(1968年11月1日竣工)
  • 6035-6915+6818-6036(1968年11月5日竣工)
  • 6819・6820・6821(1969年7月23日竣工)

改造工事[編集]

クハ6901形奇数番号車の方向転換[編集]

1969年に6000系の製造が終了したが、この時点での6000系はMc+T+T+Mcの編成が3本、Mc+Tc+T+Mcの編成が15本であった。1971年に高野線で6両運転を開始するにあたり、後者の編成の形では6両を組む際に効率が悪くなることからこの編成を前者の形の4両編成と2両編成に組み替えることにした。これに合わせて、増結編成を確保するためクハ6901形の奇数番号車を1970年から1973年にかけて国鉄竜華操車場に依頼して方向転換を行った。製造当初はすべて下り方に運転台があったクハ6901形だが、この方向転換により奇数番号車は上り方、偶数番号車は下り方に運転台がある形となった。これにより、6000系はMc+T+T+Mcの編成が10本、Mc+T+Tc+Mcの編成が1本、Mc+TcとTc+Mcの編成が各7本ずつに再編された[3]

なお、組成変更前は以下の構成であった。

  • 6001-6801-6819-6002
  • 6003-6802-6820-6004
  • 6005-6803-6821-6006
  • 6007-6909+6804-6008
  • 6009-6901+6805-6010
  • 6011-6902+6806-6012
  • 6013-6903+6807-6014
  • 6015-6904+6808-6016
  • 6017-6905+6809-6018
  • 6019-6910+6810-6020
  • 6021-6911+6811-6022
  • 6023-6906+6812-6024
  • 6025-6907+6813-6026
  • 6027-6908+6814-6028
  • 6029-6912+6815-6030
  • 6031-6913+6816-6032
  • 6033-6914+6817-6034
  • 6035-6915+6818-6036

複線化対策工事・長編成化対策工事[編集]

三日市町駅 - 橋本駅間の複線化工事を実施し、完成した際に橋本駅まで20m車を入線させることが決定したが、紀見峠を越える急勾配区間で抑速制動を使用するため、電動車に設置していた電動発電機 (MG) を隣の制御車・付随車に移し、その空いたスペースに電動車の抵抗器を増設する工事が1976年から1981年にかけて実施された。

長編成化により増解結の頻度が多くなったことから増解結作業の効率化を図るため、1980年から1982年にかけて、非冷房のままそれまでのNCB-II型密着自動連結器に代えて、CSD-90型回り子式密着連結器と電気連結器とを一体化した全自動密着連結器に取り替えられた。

一部の車両では複線化対策工事と長編成化対策工事が同時に施工されている。

なお、6013F・6029F・6035Fの3編成12両には、方向幕の設置工事が複線化対策工事と同時に行われたが、電気連結器設置と同時に方向幕はあまり使用されなくなり、以後更新までは方向幕を余白状態として他の編成と同様に方向板を掲げて運用されていた。

更新工事[編集]

1985年より車体更新と、冷房改造を実施することになった。本系列のパイオニアIII台車では冷房を搭載した分の車重増加に対応できないため、住友金属工業製S型ミンデン台車への更新も同時に行うこととした。

施工は、初期に東急車輛で更新された一部を除き南海車両が担当している。

台車更新では、60両分の台車を新製のS型ミンデン台車(住友金属工業製FS-392C、付随台車は092A)とし、一部の付随車12両分の台車は更新後経年が浅かった10000系によって置き換えられた旧1000系廃車発生品であるM車(電動車)用だったミンデンドイツ式台車(形式:FS-355)を装着した。

この改造により、当時パイオニアIII台車だった6100系との併結は不可能になったが[注 4]、S型ミンデン台車装着の6200系との併結は可能となった。後述する6100系のS型ミンデン台車装着改造車である6300系との併結も可能である。また、パイオニアIII台車の撤去に伴い、バッド社とのライセンス契約を示すプレートが車内から外されている(これは後述の6300系も同様である)。この際、台車の問題により更新済みの編成と更新前の編成の間で併結が不可能となり、全編成の更新が完了するまでこの状況が続いた。また、T車(付随車)に関しては機器配置が変更されたため更新後はサハ6801形をサハ6601形に改番した。同時にラッシュ時の乗客のドアへの挟み込みに備えて、客用扉の再開閉スイッチの追加、および既に設置していた6013F・6029F・6035F以外の編成に前面と側面の方向幕設置も行われた(先行して設置した6013F・6029F・6035Fについても方向幕の使用を再開した)。

前述の方向転換後も唯一固定編成の中間に組成されていたクハ6901形6901号車はこの改造と同時に運転台を撤去し、サハ6601形6610(6009F4両編成の3号車)として現在に至っている[4]。現在は6610の乗務員室の車掌台側が立席スペースになっている。これ以外の6000系は更新時の車号改番は行われなかった。

また、更新後に検査を行った所、車体の腐食がほとんど見受けられなかったため、その後もVVVFインバータ制御化も検討されたが、全車が更新を終えていたため計画は立ち消えとなった。

2020年春頃から高野線・泉北線内にて車内自動放送の取扱いが開始された。 本形式は同年秋頃より南海本線の7100系と同等の業務用タブレット設置台を設けることで車内自動放送に対応した。その際、乗務員室助手席側の座席を撤去し、装置を設置する改造を施している。

改番一覧
  • 6801→6601
  • 6819→6602
  • 6802→6603
  • 6820→6604
  • 6803→6605
  • 6821→6606
  • 6804→6607
  • 6810→6608
  • 6805→6609
  • 6901→6610
  • 6806→6611
  • 6807→6612
  • 6808→6613
  • 6809→6614
  • 6811→6615
  • 6812→6616
  • 6813→6617
  • 6814→6618
  • 6815→6619
  • 6816→6620
  • 6817→6621
  • 6818→6622

置き換え[編集]

近年増加するインバウンド需要に向けた旅客案内設備対応のため、南海は2018年(平成30年)に、新型車両を高野線に導入して本系列を順次代替する計画を公表した[5][6]。しかし、車齢が50年を越えているにもかかわらず、登場から1両も廃車や転属がなかった事例は、大手私鉄においては非常に珍しい[7]

2019年(令和元年)10月頃から廃車が発生している。

譲渡[編集]

廃車となった車両のうち、6905F(2両編成)が大井川鐵道に譲渡された。今後は保安装置の取り付け等を行い、2020年(令和2年)度中の営業運転開始を予定している。これに伴い、既存の16000系電車1編成を廃車とする[8]

2021年(令和3年)3月20日・21日に開催された「SLフェスタin新金谷」にて、入線後初のお披露目が行われた[9]

編成表[編集]

4両編成

← 難波
橋本 →
形式 モハ6001

(Mc1)

サハ6601

(T1)

サハ6601

(T2)

モハ6001

(Mc2)

廃車日 備考
車両番号 6001 6601 6602 6002
6003 6603 6604 6004
6005 6605 6606 6006
6007 6607 6608 6008 2021年2月4日
6009 6609 6610 6010 2019年12月3日 中間改造車組込
6013 6611 6612 6014 2021年1月28日
6017 6613 6614 6018 2019年11月6日
6023 6615 6616 6024
6025 6617 6618 6026 2019年12月27日
6029 6619 6620 6030
6035 6621 6622 6036 2019年10月17日

2両編成

←難波    橋本・和泉中央→
形式 モハ6001

(Mc1)

クハ6901

(Tc)

廃車日 備考
車両番号 6011 6902 2020年12月18日
6015 6904 2020年12月18日
6019 6910
6021 6906
6027 6908
6031 6912
6033 6914
形式 クハ6901

(Tc)

モハ6001

(Mc2)

廃車 その他
車両番号 6903 6012
6905 6016 2019年12月27日 大井川鐵道に譲渡
6907 6028
6909 6020
6911 6022
6913 6032
6915 6034

運用[編集]

製造当初は高野線難波 - 三日市町間で使用されていたが、1984年3月11日のダイヤ改正で林間田園都市駅まで20m車が入線可能となり、また1992年11月10日のダイヤ改正では橋本駅まで20m車が入線可能となったため、現在では難波 - 橋本間と泉北高速鉄道線で使用される。

2005年10月16日ダイヤ改正以後は運用の効率化を図るために、橋本以北では中型車の2000系ズームカー運用を減少させたこともあり、運用数が多くなっている。従来ラッシュ時に2000系で運用されていた列車を6000系列などの大型車に置き換えることで、混雑緩和が図られている。また同ダイヤ改正では乗客減のほか、全体的に20m車両の運用の増加により車両不足となったため、昼間時の各停の一部に4両編成が十数年ぶりに復活したほか、平日朝の泉北高速鉄道線直通区間急行準急に見られる10両編成から6000系列が撤退し南海車両による10両編成列車が消滅した(泉北高速鉄道線の10両編成列車も2013年7月19日を以って消滅している)。8連の運用もどちらかというと泉北の車両で運転されることが多い。なお、各駅停車の4連運用は従来6000系・6300系に限定されていたが6200系VVVF更新車も使われるようになった。 一方で急行・区間急行はラッシュ時を中心に8連での運用が多い。各駅停車も泉北高速線内完結や、河内長野〜橋本駅間で運用するものは8連で運転される列車がある。

南海では車両故障時の冗長性の確保を重視しているため、6000系の4両固定組成(編成内にMGが1台しかない)は組成単独では使用されない(かつては6200系の4両固定組成も、編成内に制御器とCPが1台しかないために単独運用、更に4両組成に別の2両組成が1編成しか併結しない場合の6両編成運用を避けていたが、4両固定組成の全車VVVF制御化でこの制限は解除された)。また千代田検車区の配線の関係で6両固定編成や4両固定編成と2両固定編成を連結するときは2両固定編成が必ず下り方になる。6000・6200・6300系は相互に連結可能なので混結は珍しくないが、組み合わせ方にはかなり制約がある。また、6000各系列(元8200系の、6200系50番台も含む)の4両組成と、6両組成には全編成、難波方から4両目となる4号車には「女性専用車」のステッカーが貼られている。このため、平日朝ラッシュの8両編成の急行と区間急行で運用される場合、4号車が「女性専用車」となる。ただし8両編成でも、準急行・各駅停車では実施していない。

1985年6月16日のダイヤ改正までは汐見橋線での運用があった。また1995年8月31日まで橋本駅の最長編成が4両編成であったため、三日市町駅での増解結作業を行う運用も存在していた。いずれも6000系・6100系限定での運用だった。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈 [編集]

  1. ^ 6001F - 6007Fの4編成が該当する。
  2. ^ なお、同社の鉄道事業は東急電鉄として分社化されている。
  3. ^ 1970年代半ばまでは、南海本線の高架区間は難波駅から天王寺支線との合流地点(天下茶屋駅の北側)までしかなく、地平を走行する区間がほとんどだったためである。
  4. ^ パイオニア台車と他の台車との相性の問題により、低速時の浮き上がり脱線の危険性があるため、1973年に小田急電鉄4000形の脱線事故が2回発生した事を重く見た南海では、パイオニア台車装備の車両とそうでない車両の連結を禁止している。

出典[編集]

  1. ^ 鉄道ピクトリアル 1963年3月号 32頁
  2. ^ 「私鉄車両めぐり」『鉄道ピクトリアル』1979年10月臨時増刊号、電気車研究会、1979年、 152-153頁。
  3. ^ 「私鉄車両めぐり」『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号、電気車研究会、1995年、 228頁。
  4. ^ 「私鉄車両めぐり」『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号、電気車研究会、1995年、 229頁。
  5. ^ 「南海グループ経営ビジョン2027」及び新中期経営計画「共創136計画」について (PDF) - 南海電気鉄道 2018年2月28日
  6. ^ 南海、高野線に新車両投入 訪日客を取り込み - 日本経済新聞 電子版 2018年5月18日
  7. ^ 南海電車の「さびない鉄人」地球150周 来年600万キロ達成へ - 産経新聞ニュース大阪 2015年4月11日
  8. ^ 大井川鐵道が南海6000系を購入、14系・12系客車の動向も気になる - マイナビニュース 2020年7月18日
  9. ^ 大井川鐵道公式ニュースリリースより

関連項目[編集]