印泰植

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

印 泰植(イン・テシク、1902年12月17日 - 1975年5月22日)は、日本統治時代の朝鮮および大韓民国官僚政治家

生涯[編集]

1930年に東北帝国大学法文学部を卒業。朝鮮総督府の税務管理部門で勤務し、洪川税務署長、清州税務署長、江原道財務部間税課長を歴任。

第二次世界大戦終戦後、第一共和国にて財務部司税局長(1949年)、管財庁長(1953年)、財務部長官(1956年-1957年)を歴任。自由党内では財務通として評価を受けた。

第三共和国では与党民主共和党で政策委員会議長(1964年)、国会予算決算委員長(1964年)を歴任するなど、要職に留まった。政界引退後は東亜建設社長を務め、実業家として晩年を過ごした。

参考資料[編集]


公職
先代:
金顕哲
大韓民国の旗 大韓民国財務部長官
第7代:1956 - 1957
次代:
金顕哲