原田國男

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原田 國男(はらだ くにお、1945年2月26日 - )は、日本の裁判官東京高等裁判所部総括判事を最後に定年退官。刑事を専門とする。神奈川県立湘南高等学校卒業。東京大学卒業。2007年慶應義塾大学博士(法学)

人物[編集]

刑事裁判における量刑研究の第一人者として知られており、この分野に関して多数の論文を発表している。法務省刑事局検事として刑法の全面改正に従事した。

日本の刑事事件では、起訴されると99.9%を超える確率で有罪判決が出るといわれる中、東京高裁で無罪判決を言い渡す事例の多い裁判官として知られている。多くの裁判官が検察側の立証ばかり認めてると指摘されている中で、被告人や弁護人の言い分を聞き、捜査過程に問題がないか真剣に検証し、偏らない中立的な判例を多く出していることで一部の法曹界[誰?]から高い評価を受けている。ジャーナリストの池添徳明は「原田裁判長は希有の存在と言える。しかし、原田氏のような裁判官が珍しい存在だという日本の裁判所は、どう考えても正常ではない。」と季刊『冤罪File』(キューブリック) 2008年9月号で述べている。ただし死刑求刑事件において「死刑は例外的でなければならない・・・。」と判示し死刑判決を回避し、物議をかもしたことがある。

曾祖父は宮崎県知事などを務めた永峰弥吉であり、弥吉のいとこに川路聖謨がいる[1]

経歴[編集]

主な担当事件[編集]

  • 東京高裁において、西武新宿線における痴漢事件の被告人に対し逆転無罪の判決を下した。この際、原田判事は判決文で警察・検察の杜撰な捜査を厳しく批判した。(2006年3月8日
    • 『被害者が当初必ずしも確信が無かったのに、本件起訴に至ったのは、前述したように、警察官がずさんともいえる犯行再現などにより、強引なまでに被告人の弁解を封じて一顧だにしないという態度をとったためであり、このため、被害者は、次第に被告人が犯人だと確信するようになってしまったということができるのである。被告人と被害者との言い分を当初から冷静に吟味すれば、あるいは本件は起訴に至らなかった事案ではないかと考えられる。被告人が本件起訴後に受けた数多くの苦難を考えるとき、この種事案を、たかがちかん事件と扱うのではなく、当然のことながら、慎重な上にも慎重を期した捜査を経た上での起訴が必要というべきである。』(判決文より抜粋)
  • 東京高裁において、芸能事務所社宅の共同ドアを蹴破りそこから侵入したとして、器物損壊の罪に問われた女性タレントに対し逆転無罪の判決を下した。この際、原田判事は、原審において検察が被告人の有罪を立証するのに用いたドア穴に付着した繊維の色の不自然さに注目した。原審では、芸能事務所が、タレントが着ていたのは「緑色のジャケット」と供述。事件10日後になって「緑色の繊維が付着している、採取して欲しい」と更に芸能事務所から通報があり、ドア穴に付着した「緑色の繊維」を採取し証拠とした為、有罪判決が下された。しかし、控訴審においては、原田國男裁判官が、原審で検察が不同意し採用できなかった直接証拠のうちの一つである「事件当日警察署が撮影した紫色のジャケットを羽織り頭部などを負傷した女性タレントの写真」を、証拠として採用した。紫色が緑色に見えていた証人は再尋問され、緑色の繊維が付着していた事自体不自然であると判断した検察側が、自らこの緑色の繊維を証拠撤回した。これにより、原田國男裁判官は、原審の不自然さを指摘し、検察の立証を批判した。(2008年3月3日
  • 2003年9月、東京高裁において池袋通り魔殺人事件の控訴を棄却した。

著書[編集]

共編著[編集]

記念論文集
  • 『新しい時代の刑事裁判 原田國男判事退官記念論文集』判例タイムズ社 2010

脚注[編集]

  1. ^ 原田國男『裁判の非情と人情』〈岩波新書 新赤版1646〉岩波書店、2017年、181頁。