双川喜一

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ふたがわきいち
双川喜一
生誕 明治18年11月
千葉県
国籍 日本の旗 日本
出身校 明治大学本科英語法科
職業 警察官僚
流派 柴真楊流柔術
配偶者 双川加津
子供 双川喜文
双川兼吉
双川つる
補足

双川 喜一(ふたがわ きいち、1885年明治18年)11月[1] - 没年不明)は、日本の警察官僚である。号は一真斎。

経歴[編集]

千葉県出身[1][2]。双川兼吉の四男として生まれる[1]1908年明治大学本科英語法科を卒業[1]。文官高等試験行政科試験に備えるために東京外国語学校夜学英語専修科にも通った[3]1912年11月、文官高等試験行政科試験に合格[2]農商務省に入省したが内務省に移り、1913年愛知県警部に任官[2]

香川県警察部長[4]大分県警察部長[5]滋賀県警察部長新潟県警察部長を歴任した。1933年7月31日、休職新潟県書記官を依願免本官となり退官した[6]

後に明治大学専務理事となる[要出典]

大分県警察部長の時、双葉山定次立浪部屋に入門させた。双葉山定次の双葉山は「栴檀は双葉より芳し」から命名されたが、双川喜一の1字も含まれている[7]

双川喜一宛の柴真揚流柔術伝書

柔術柴真揚流香川県の渡邊監物一秀斎源豊から学び[8]、昭和2年(1927年)に皆伝を得た[9]

親族[編集]

  • 長男 双川喜文(弁護士・満州国司法官)[1][10]

著作[編集]

  • 警察ノ根本観念』松華堂書店、1925。
  • 実用普選法釈義』松華堂、1927年。
  • 『日本選挙制度の提唱 : 自由選択利益比例代表制度』明治大学出版部、1954年。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 人事興信録』第8版、フ87頁。
  2. ^ a b c 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』203頁。
  3. ^ 『日本選挙制度の提唱 : 自由選択利益比例代表制度』明治大学出版部、1954年 自序より
  4. ^ 『官報』第3701号、大正13年12月22日。
  5. ^ 『官報』第3922号、大正14年9月18日。
  6. ^ 『官報』第1975号、昭和8年8月1日。
  7. ^ 北辰堂出版『昭和平成 大相撲名力士100列伝』(塩澤実信、2015年)15ページから17ページ
  8. ^ 『三木武吉太閤記 : 生きた政治史』重盛久治著 p26より
  9. ^ 柴真揚流天地人三巻 昭和二年発行 渡邊豊から双川喜一宛
  10. ^ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年、1086頁。

参考文献[編集]

  • 重盛久治『三木武吉太閤記 : 生きた政治史』春陽堂、1956年、26頁。
  • 人事興信所編『人事興信録』第8版、1928年。
  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 野球界社編『野球界』28 1938年 p233 双葉山を語る 双川喜一
  • 野球界社編『野球界』30 1940年 p50  私の双葉山論 双川喜一
  • 清水昭一『清水八郎句集』1938年 p32 明治大學と清水 双川喜一