反天皇制運動連絡会

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反天皇制運動連絡会
略称 反天連
設立年 1984年
種類 市民団体
目的 天皇制の廃止・靖国神社の解体
本部 日本の旗 日本
ウェブサイト 反天連 天皇制に反対しています
2009年(平成21年)8月15日に行われた反天連のデモ。この中央の人形は「K介さん」という反天連のパペットである。

反天皇制運動連絡会(はんてんのうせいうんどうれんらくかい)は、反天皇制運動(反皇室闘争)を目的とする日本の新左翼グループの一つである[1]。略称は「反天連」。機関誌「反天皇制運動アラート」。

概要[編集]

1984年(昭和59年)、昭和記念公園開園反対闘争をしていた新左翼系評論家菅孝行が呼びかけ人となって結成された。昭和天皇在位60年式典や昭和天皇大喪の礼、第125代天皇明仁即位の礼など、皇室関連行事が連続し、反天連はこれらの式典への反対を主張し活動を行った。

中核派革労協などの新左翼党派も共産主義暴力革命の一貫として反皇室闘争そのものは行うが[2]、反天連は反皇室闘争そのものを主要な活動とし、皇室や靖国神社に関する様々な活動を繰り広げた。2009年以降、機動隊・公安に防護されて、8月15日靖国神社に程近い九段下交差点までデモ行進を行っている。反天連に対し積極的批判的立場の右翼団体や、行動する保守系の市民団体らが、それに対する抗議活動を行う姿が確認されている。古谷経衡が反天連のデモ行進に「潜入」しその経緯をブログに公開している[1][3]

皇室関連行事が一段落した1991年(平成3年)に「発展的解散」を宣言、その直後に「再結集」を呼びかけた。反天連はこれ以降、活動期間を3年とし、3年ごとに組織の見直しを行い、解散と再結集を行う形態を採っている。

BBCの取材を受けた高齢男性メンバーは1980年代には集会に3000人ほどは集まったものの、以後に新しい加入者がほぼない「人気のない活動」だと組織の縮小傾向を認めている。日本では皇室支持が圧倒的多数を占める上に若い新規加入者もいないため、支持者・メンバーの数は年々減少しており、BBCによると2019年4月末時点で抗議行動に参加した約80人の多くは白髪の高齢者であった。2009年から機動隊・公安の約2000人に防護されて行われている8月15日の靖国神社へのデモを取材して、毎回国家に守られたデモの様子を知る古谷は「彼らは朽ちることが運命づけられた冷戦時代の遺物だ。」とコメントしている[1][4]

主要メンバー[編集]

主な執筆者[編集]

天野恵一、伊藤晃、太田昌国、梶川涼子、園良太、京極紀子[5]

反天連と関係する新左翼党派[編集]

その他、反皇室闘争は他党派も各々行っているが、基本的に自派閥内の運動である。

脚注[編集]

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参考文献[編集]

  • 月刊「治安フォーラム」1996年(平成8年)10月号、1998年(平成10年)5月号、2002年(平成14年)1月号、2006年(平成18年)4月号(立花書房
  • 模索舎取扱い定期刊行物リスト 2013年改訂版

関連項目[編集]