口羽広通

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口羽広通
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 不詳
死没 天正6年4月24日1578年5月30日
改名 志道広通→口羽広通→口羽元道
別名 善九郎、新左衛門(通称
官位 刑部大輔
主君 毛利元就隆元輝元
氏族 大江姓毛利氏庶流口羽氏
父母 父:口羽通良
兄弟 広通春良、元可、宗立、
女(井原元良室)、女(宍戸元続継室)、女(栗原某室)
通平

口羽 広通(くちば ひろみち)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将安芸国戦国大名である毛利氏の重臣・口羽通良の長男で、石見国邑智郡口羽[注釈 1]を本拠とした父に従って、主に山陰方面で活動した。

生涯[編集]

毛利氏の重臣である口羽通良の長男として生まれ、毛利元就隆元輝元の三代に仕える。

天正6年(1578年)の4月から7月にかけて行われた上月城の戦いの最中である4月24日に死去。子の通平が後を継いだ。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 現在の島根県邑智郡邑南町上口羽・下口羽。

参考文献[編集]