古千谷

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古千谷
—  町丁  —
舎人公園
古千谷の位置(東京23区内)
古千谷
古千谷
古千谷の位置
座標: 北緯35度47分51.0秒 東経139度46分28.0秒 / 北緯35.797500度 東経139.774444度 / 35.797500; 139.774444
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Adachi, Tokyo.svg 足立区
地域 舎人地域
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 0人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 121-0833[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 足立

古千谷(こぢや)は、東京都足立区町名。現行行政地名は古千谷一丁目及び二丁目。住居表示未実施。郵便番号は121-0833[2]

地理[編集]

足立区北西部、舎人地域東部に位置し、区内でも比較的海抜の高い町である。隣接する古千谷本町との総称としても用いられる。旧舎人村の構成地域の一つであり、足立区の中でも特に古い歴史を持つ。古千谷一丁目・二丁目はそのすべてが舎人公園の敷地内となっており、かつての住民らは公園の造成とともにすべて敷地外へと転居した。

歴史[編集]

古千谷とその周辺地域は長らく、一切の鉄道交通機関から距離的に隔絶された鉄道空白地帯にあった。これまでの地域住民の鉄道利用は約2km離れた東武伊勢崎線竹ノ塚駅か、遠方の山手線沿線まで路線バスなどの自動車手段で行く方法しかなかった。これはの周辺地域道路渋滞や混雑の原因となり、また空気環境の悪化も招いていた。しかし、2008年3月に日暮里・舎人ライナーが開業し、古千谷地域は山手線西日暮里駅および日暮里駅へ直通する通勤通学手段を得た。

地名の由来[編集]

舎人地域の東(コチ)にあったことから[4]。その町域はほぼ江戸時代以来の古千谷村に由来し、町名もまた歴史的由来を受け継いだものである。

沿革[編集]

  • 1932年10月1日 - 足立区成立とともに、南足立郡舎人村大字古千谷の全域をもって古千谷町(丁目なし)が成立する。
  • 1970年4月1日 - 町名地番整理により、古千谷一-五丁目が成立(住居表示は未実施)。旧・古千谷町は、毛長川北岸(埼玉県草加市側)、毛長橋北詰西側のわずかな地域にのみ残る。
  • 1995年7月24日 - 古千谷三・四・五丁目及び古千谷町の区域に住居表示が実施され、古千谷本町一-四丁目となる。わずかに残存していた旧・古千谷町の区域(毛長橋北詰、西側)は古千谷本町四丁目3番地となった。

以上により、1970年成立の古千谷一-五丁目は一丁目と二丁目を残すのみとなった。この区域は全域が舎人公園造成地である。(住民登録は0になっている)

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。なお、足立区では学校選択制度を導入しており、区内全域から選択することが可能。ただし、小学校に関しては、2018年(平成30年)度から学区域または学区域に隣接する学校のみの選択になる。[6][7]

丁目 番地 小学校 中学校
古千谷一丁目 全域 足立区立伊興小学校 足立区立伊興中学校
古千谷二丁目 全域 足立区立古千谷小学校

交通[編集]

新交通システム
道路

施設[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 足立区の町丁別の世帯と人口”. 足立区 (2017年12月4日). 2017年12月7日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月7日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月7日閲覧。
  4. ^ 金子勤 『東京23区の地名の由来』 幻冬舎ルネッサンス2010年ISBN 978-4-7790-0552-7。
  5. ^ 区立小・中学校の通学区域表・通学区域図”. 足立区 (2017年4月15日). 2017年12月7日閲覧。
  6. ^ 学校選択制度について”. 足立区 (2017年6月1日). 2017年12月7日閲覧。
  7. ^ 小学校の「学校選択制度の改正」について”. 足立区 (2017年5月3日). 2017年12月7日閲覧。