古川俊太郎

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古川 俊太郎
第6代任天堂代表取締役社長
前任者 君島達己
後任者 -
個人情報
生誕 (1972-01-10) 1972年1月10日(48歳)
東京都
出身校 早稲田大学政治経済学部

古川 俊太郎(ふるかわ しゅんたろう、1972年1月10日[1] - )は、日本実業家。第6代任天堂代表取締役社長[1]。父親はイラストレーター古川タク[2]

概要[編集]

東京都出身[1]東京都立国立高等学校を経て[2]1994年早稲田大学政治経済学部を卒業し任天堂に入社[3][1]

入社後は一貫して経理畑を歩み、ドイツの欧州統括会社に約10年間駐在すると、欧州での「Wii」のヒットで頭角を現した[2]2012年株式会社ポケモン社外取締役に就任[1]君島達己第5代社長らから次期社長の候補と目され[2]岩田聡第4代社長が死去した2015年7月からは経営企画室長に就任した[1]2016年には取締役に昇格し、経営企画室長に加えて、常務執行役員、経営統括本部管掌、グローバルマーケティング室担当となる[1][4]。商品の投入時期の策定などの販売計画作りにも携わった[3]

Nintendo Switch」のヒットにより2018年3月期決算が想定よりも好調だったことで、世代交代を自身の役目と捉えていた君島からの社長交代が前倒しされ、同年6月に代表取締役社長に就任[5]。岩田の死去後、トップ依存からの脱却を進めた君島のもとで整備された集団経営体制を[5]、ソフトウェア開発部門トップの高橋伸也取締役専務、ハードウェア部門トップの塩田興取締役とともに引き継いだ[6]

社長内定会見では「任天堂の良いところを引き継ぎつつも、時代の流れに合わせ、変えるべきところは柔軟に変えていく」、「今回の役員人事はここ数年、君島や宮本(茂)が進めてきた次世代の集団指導体制への移行であり、この人事により、現在任天堂が進めている経営戦略が変わることはない」と述べた[7]。またSwitchの普及台数拡大が最優先だとしつつ、事業全体に占めるSwitchの割合がかなり高い状況に対し、スマートデバイスビジネスなどを育てていく必要性や「任天堂 IPに触れる人口の拡大」という戦略の下で行っているテーマパークや映画のプロジェクトを実現させ、 ゲーム専用機ビジネスに対して良い効果をもたらせるようにしたいとも述べている[5][8]

人物[編集]

性格は淡々とした語り口ながら、場を和ませるタイプと評される[2]。また、古川を社長として指名した君島によると非常に芯が強く、理路整然としており「任天堂の考え方とはこういうものだ」ということを理解し、それを自分の言葉で相手に伝える事ができる人物であるとされる[8]。先代社長である岩田聡を深く尊敬しており、ドイツから戻った後、岩田の秘書も務めた[9]。ドイツ赴任時代には岩田から様々なジャンルの本を勧めてもらうなど、良好な関係を築いたようである。

出典[編集]

ビジネス
先代:
君島達己
任天堂社長
第6代:2018年 -
次代:
-