古我信生

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古我 信生(こが のぶお、1925年 - 2005年11月19日)は、東京都出身のレーシングドライバー自動車評論家

1959年第1回日本アルペンラリーで優勝[1]。1961年よりリエージュ=ソフィア・ラリーに参加[2]、1963年にはホンダ・S500で参加したが、この時はペアを組んだ鈴木義一が事故死している[3][4]。1963年の第1回日本グランプリでは審判部長を務めた[2]。1965年、ニュルブルクリンク82時間耐久レースにホンダ・S600で出場、クラス優勝を果たした[5]

出典[編集]

  1. ^ "訃報" (PDF). JAF Motor Sports (日本自動車連盟): 14. 2006-01. Retrieved 2015-02-08. 
  2. ^ a b 後藤新弥 (2005年11月25日). “バロン古我のチェッカー旗”. 日刊スポーツ. 2015年2月8日閲覧。
  3. ^ ホンダS800&N360”. 芸文社. 2015年2月8日閲覧。
  4. ^ Honda S500 and Honda S600”. Liège Sofia Liège. 2015年2月8日閲覧。
  5. ^ Ben Hsu (2013-10-02). Classic Japanese Performance Cars. Car Tech. p. 135. ISBN 9781934709887.