台湾鉄路管理局LDK50型蒸気機関車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Camera-photo Upload.svg 画像提供依頼:栃木県那須SLランドで保存されているLDK56、または台湾の動態保存機(LDK59)の画像提供をお願いします。2011年3月
LDK58

LDK50型は、かつて台湾鉄路管理局に在籍した、タンク式蒸気機関車である。

概要[編集]

もとは、日本統治時代台湾総督府鉄道1915年(大正4年)から762mm軌間台東線で使用するために導入した、車軸配置0-8-0(D)、運転整備重量20トン、2気筒単式のサイドタンク機である。主に貨物列車の牽引と入換用に使用された。

最初の3両は、アメリカH.K.ポーター社から輸入されたが、その後1938年(昭和13年)までに日本のメーカー3社で10両が模倣生産された。長期にわたって製造されたため、日本統治時代の称号規程の改正を2度経ており、当初の8両の番号は10 - 12, 20 - 25であったが、50 - 58に改番され、その時期に3両(59 - 61)が製造された。さらにこの12両がLD10形LD101 - LD1012)となり、この時期に1両(LD1013)が製造されている。その状況は、次のとおりである。

  • 1915年(3両)
    • 10 - 12 → 50 - 52 → LD101 - LD103 : ポーター製(製造番号 5644 - 5646)
  • 1917年(1両)
    • 20 → 53 → LD104 : 汽車製造製(製造番号 247)
  • 1919年(2両)
    • 21, 22 → 54, 55 → LD105, LD106 : 汽車製造製(製造番号 290, 291)
  • 1921年(1両)
    • 23 → 56 → LD107 : 汽車製造製(製造番号 544)
  • 1923年(1両)
  • 1925年(1両)
  • 1930年(1両)
    • 59 → LD1010 : 日立製作所製(製造番号 421)
  • 1937年(2両)
    • 60, 61 → LD1011, LD1012 : 汽車製造製(製造番号 1448, 1456)
  • 1938年(1両)
    • LD1013 : 日本車輌製造製(製造番号 557)

汽車製造製の最初の4両は、ポーター製に忠実なコピーを行ったが、1925年の日立製からはシリンダの位置を51mm(2in)前方に移し、運転室を鋼製とした。さらに1930年製のものからはサイドタンクを前方に延長して形態が変わった。運転台の側面には、空気取り入れ口があって、特徴となっている。

太平洋戦争後は、全機が台湾鉄路管理局に移管され、LDK50型LDK51 - LDK63)となって、1982年の台東線改軌まで使用された。

主要諸元[編集]

  • 全長:7,305mm
  • 全高:3,026mm
  • 軌間:762mm
  • 車軸配置:0-8-0(D)
  • 動輪直径:711mm
  • 弁装置ワルシャート式
  • シリンダー(直径×行程):305mm×356mm
  • ボイラー圧力:12.7kg/cm2
  • 火格子面積:0.73m2
  • 全伝熱面積:38.6m2
  • 機関車運転整備重量:20.3t
  • 機関車動輪上重量(運転整備時):20.3t
  • 水タンク容量:2.26m3
  • 燃料積載量:0.85t
  • 機関車性能
    • シリンダ引張力:5,030kg
  • ブレーキ方式:手ブレーキ蒸気ブレーキ

保存[編集]

埼玉県蓮田市に置かれていた当時のLDK57 (1992年ごろ撮影)
埼玉県越谷市のLDK56(2011年4月15日)

台湾での廃車後、本形式のうち数両が日本に運び込まれている。1984年(昭和59年)春に「たまプラーザ東急」で 鉄道博覧会が行われ、 2両がたまプラーザ駅前広場で示された。

そのうちのLDK56は、埼玉県越谷市のステーキハウスの駐車場に置かれているが、状態はあまり良くない。また、LDK57も同県蓮田市の同じステーキハウスの店頭に置かれていたが、同店の閉店とともに浦和市内の資材置き場に移った。その後栃木県那須町の「那須SLランド」に移転し、『きかんしゃトーマス』調の塗装になっているものの、原形は保っている状態で展示されている。

台湾に残ったLDK59は、台東の鯉魚山公園に静態保存されていたが、台湾鉄路管理局の手で動態復元されており、2010年には花蓮駅構内で試運転が行われている。また、LDK58が台湾澎湖県の澎湖県立文化中心で静態保存されていたが、後に台北駅前に移設されている。

参考文献[編集]

  • 金田茂裕「H.K.ポーターの機関車」1987年、機関車史研究会
  • 近藤一郎「新編H.K.ポーターの機関車」2011年、機関車史研究会
  • 臼井茂信「機関車の系譜図 3」1976年、交友社