吉田古墳

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吉田古墳
Yoshida-kofun zenkei.JPG
全景
所在地 茨城県水戸市元吉田町
位置 北緯36度21分31.1秒
東経140度28分30.6秒
形状 八角墳
規模 対辺間26メートル
埋葬施設 袖無型横穴式石室
出土品 金環・鉄鏃・直刀・勾玉・土器
築造時期 7世紀中頃
史跡 国の史跡1922年大正11年)3月8日指定、2010年(平成22年)8月5日追加、2012年(平成24年)9月19日追加。
特記事項 石室奥壁に線刻壁画
地図
吉田古墳の位置(茨城県内)
吉田古墳
吉田古墳
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吉田古墳(よしだこふん)は、茨城県水戸市元吉田町にある八角墳。別名「吉田1号墳」。全国で唯一、石室に線刻壁画を有する多角形墳(八角墳)である[1]1922年大正11年)、国の史跡に指定された[2]

概要[編集]

吉田古墳は、水戸市街地と相対する吉田の台地上に所在する古墳。当初方墳円墳と考えられていたが、2005年平成17年)以降続けられた調査により八角墳であることが確認された[3][4]。墳丘は近世以降削平され、往時の姿を止めていない。

埋葬施設は、南に開口する軟質凝灰岩の板石で構築した横穴式石室である[5]。石室のうち、最も残りの良い玄室の規模は、奥行3メートル・幅1.32メートル - 1.46メートルを測る[1]。奥壁には線刻で刀子等の武具を主体とした壁画が施されている。県内のこうした装飾古墳は14カ所18例のみ確認されており、大変貴重な存在である[3]

1914年大正3年)3月、県立水戸女子師範学校付属小学校の加藤徳之助氏が,採土のため古墳の一部を取り崩したところ,石室とそこに描かれた壁画が発見された[1]。壁画は発見当初から注目され、鳥居龍蔵など著名な考古学者が研究のために訪れている[6]。装飾古墳の研究上、高い学術的価値を有するものである[5]

本古墳の営造年代は、主体部の型式や出土遺物から7世紀中葉に位置付けられるものと思われる[5]

交通アクセス[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 水戸市吉田古墳保存管理計画案(PDF)
  2. ^ 吉田古墳(国指定文化財等データベース)
  3. ^ a b 吉田古墳第6次調査現地説明会資料(PDF)
  4. ^ 水戸市 2009
  5. ^ a b c 吉田古墳(水戸市)
  6. ^ 水戸市教育委員会編『吉田古墳Ⅰ』、2006年(平成18年)

参考文献[編集]

関連項目[編集]