名古屋中学校・高等学校

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名古屋中学校・高等学校
クライン・メモリアル・チャペル
過去の名称 名古屋英和学校
名古屋中学校 (旧制)
名古屋学院中学校・高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人名古屋学院
校訓 敬神愛人
設立年月日 1887年(明治20年)7月11日
創立者 フレデリック・チャールズ・クライン
共学・別学 男女別学(男子校)
中高一貫教育 併設型(外部混合無)
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学科内専門コース 6年文理コース(中高一貫)
文理コース
学期 3学期制
所在地 461-8676
愛知県名古屋市東区砂田橋二丁目1-58
北緯35度11分22.9秒東経136度57分22.7秒
外部リンク 公式サイト
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名古屋中学校・高等学校(なごやちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、愛知県名古屋市東区砂田橋に所在し、中高一貫教育を提供する私立男子中学校高等学校。高等学校において、中学校から入学した内部進学の生徒と高等学校から入学した外部進学の生徒との間では、入学試験上位選抜クラスを除いて3年間別クラスになる併設型中高一貫校[1]

概要[編集]

明治初期、米国メソジスト教会から横浜英和学校に派遣された宣教師フレデリック・クラインは、その後単身名古屋に乗り込んだ。そしてその地で創立されたのが名古屋英和学校である。幾度かの改名を経て現在の名古屋中学校・高等学校に至る。

内村鑑三が教壇に立ったこともあり、明治以来の旧制中学校より続く伝統校として知られる。キリスト教精神に基づいて教育を行っている。

男子校ということもあり、教員も男性が多い。制服は一般的な金ボタン5個の黒詰襟学生服(標準学生服)。

略称は「名中(なちゅう)」および「名高(なこう)」。現在は高等学校からの募集もあるが、今後、完全中高一貫校にする動きがある。

2000年1月に名古屋市営地下鉄名城線砂田橋駅が敷地内に開業した。そのため「なしで通える」をキャッチコピーにしたこともあった。

創立120周年記念事業の一環として同敷地内に新校舎および体育館、温水プール、クラブハウス、北グラウンドが完成し、2011年1月から、新校舎へ機能を移した。さらに、2020年度に向け女子部を設立する計画もある。

国際交流教育が盛んであり、兄弟校であるオーストラリアメントーン・グラマー・スクール英語版 に毎年短期、長期留学の派遣や受け入れを行っている。メントン校の生徒と共に第二次世界大戦中の激戦地、パプアニューギニアココダトレイル)英語版 を踏破し、慰霊研修をしたこともある。

イギリスイートン校とは交流校であり、生徒の派遣やイートン卒業生の受け入れ、サッカー国際親善試合などをおこなっている。また台湾有数の名門校である台北市立建国高級中学と2013年から交流試合を開催し、スポーツを通じた国際交流活動が積極的に行われている。

2016年度から名古屋高等学校は文部科学省によりスーパーグローバルハイスクール(SGH)アソシエイトに指定され、SGHアソシエイトとして、「減災・環境・エネルギー」を研究テーマに、「環境・経済・社会の統合的な発展」に向けて行動できるリーダーの育成を掲げている。

校訓[編集]

フレデリック・チャールズ・クライン

校訓は創立者フレデリック・クラインが掲げた「敬神愛人」、新約聖書マタイによる福音書に由来する言葉である。その精神は「与えられた自己の能力を最大限に伸ばし、自分だけのためでなく、その能力を社会のため、弱い立場の人のために惜しみなく用いるために、私たちは勉強するのです。」として創立以来、日々の教育に受け継がれ、人間性豊かな紳士たる人材を育成している。

沿革[編集]

名古屋英和学校時代の校舎
  • 1880年明治13年) 宣教師ブリテンによりブリテン女学校(現横浜英和女学院中学校・高等学校)創立。その後、男女共学になり米国メソジスト教会から派遣された宣教師クライン博士が男子部を担当。
  • 1886年(明治19年) 男女別学となる。
  • 1887年(明治20年) 移転する形で、クラインが南武平町(現 名古屋市東区東桜)に名古屋英和学校創立。
  • 1896年(明治29年) 内村鑑三が教員として着任。
  • 1906年(明治39年) 旧制名古屋中学校と改称。
  • 1925年(大正14年)第一校歌「曙の空」(作詞:山中利幸、作曲:津川圭一)制定。
  • 1947年昭和22年) 新制名古屋中学校発足[2]
  • 1948年(昭和23年) 新制名古屋高等学校発足。
  • 1952年(昭和27年) 旧校地を金城学院中学校に譲渡し、現校地に移転。
  • 1959年 (昭和34年)第二校歌「希望羽ばたく」(作詞:門田ゆたか、作曲:古関裕而)制定。
  • 1964年(昭和39年) 名古屋学院大学設立(1973年(昭和48年)、負債問題などにより法人分離)
  • 1968年(昭和43年) 名古屋学院中学校・名古屋学院高等学校と改称。
  • 2000年平成12年) 名古屋中学校・名古屋高等学校に戻す。
  • 2002年(平成14年) 創立115周年を記念し、115号館施工。
  • 2007年(平成19年) 創立120周年
  • 2008年(平成20年) 創立120周年記念事業の一環で新校舎および附属施設の建設着工。
  • 2009年(平成21年) 新校舎および附属施設一部完成。二期工事開始。
  • 2010年(平成22年) 新校舎および付属施設が全て完成。これに伴い、115号館が3号館に名称変更。学食(ランチルーム)新規増設。
  • 2016年(平成28年)文部科学省によりスーパーグローバルハイスクール(SGH)アソシエイトに指定。

チャペル礼拝[編集]

名古屋高校のキリスト教教育の根幹と位置づけられており、週1回、中学・高1・高2・高3の4つに分かれて朝、校内のクライン・メモリアル・チャペルにて礼拝が行われる。また様々な行事や週1回の聖書の授業を通して、人間性と教養を深める人格教育をおこなっている。

愛校祭[編集]

愛校祭は年に1回行われる名古屋中学校・高等学校の文化祭体育祭音楽祭の総称である。

部活動[編集]

体育・文化系を問わずクラブ活動で盛んで、硬式テニス部は全国高等学校総合体育大会の男子団体戦で4度の優勝を誇る強豪である。

ラグビー部・サッカー部・バスケットボール部も盛んで、ラグビー部は2015年に全国高等学校合同チームラグビーフットボール大会に出場し、サッカー部は平成25年度に全国高校総体に初出場を遂げている。

硬式野球部は1972年に県高校野球春季大会で優勝をしている。

自転車競技部は平成28年度全国高等学校総合体育大会自転車競技大会 ロード競技で優勝を成し遂げている。

文化系では文学部が2015年に開催された第18回俳句甲子園全国大会で初優勝。

設置形態[編集]

  • 名古屋中学校
  • 名古屋高等学校
    • 6年文理コース(中学校からの内部進学者)
    • 3年文理コース(高等学校からの外部進学者)
      • 6年文理コースの選抜クラスと3年コースの選抜クラスは、高校2年生で混合してクラスを編成する。

著名な卒業生[編集]

学者[編集]

法曹[編集]

政治[編集]

経済[編集]

文化・芸術[編集]

報道[編集]

スポーツ[編集]

実業家[編集]

  • 日比賢昭 - 株式会社サンゲツ代表取締役会長
  • 飯田祐基 - 株式会社テクサ代表取締役
  • 坂本精志 - ホシザキ電機株式会社代表取締役会長兼社長
  • 大里健二 - 名阪工業株式会社社長
  • 林宏一郎 - 株式会社タカラ屋家具代表取締役
  • 神戸剛 - フルエング株式会社取締役社長
  • 六車謙一- 株式会社興和工業所代表取締役会長
  • 山田貞夫 - ダイドー株式会社代表取締役社長
  • 小栗七生 - 名古屋トヨペット株式会社代表取締役会長

アクセス[編集]

関連項目[編集]

脚注及び参照[編集]

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  1. ^ 名古屋中学校の教育 の「中高6年一貫教育」の冒頭による。ただし、6年文理コース(中高一貫)のうち「文理T(トップ)クラス」の進学者に限り、高等学校第2学年以降、高等学校から入学した「3年文理選抜クラス」の生徒との混合クラスになることで、外部混合は部分的に存在する。
  2. ^ 沿革-名古屋中学校・高等学校 による。