名塚町 (名古屋市)

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名塚町
—  町丁  —
名塚町の位置(愛知県内)
名塚町
名塚町
名塚町の位置(名古屋市内)
名塚町
名塚町
名塚町の位置
座標: 北緯35度12分26.8秒 東経136度53分21.1秒 / 北緯35.207444度 東経136.889194度 / 35.207444; 136.889194
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Aichi Prefecture.svg 愛知県
市町村 Flag of Nagoya, Aichi.svg 名古屋市
西区
町名制定 1937年(昭和12年)3月1日
人口 (2019年(平成31年)2月1日現在)[1]
 - 計 1,534人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 451-0081[2]
市外局番 052 (名古屋MA)[3]
ナンバープレート 名古屋

名塚町(なづかちょう)は、愛知県名古屋市西区にある地名。現行行政地名は名塚町1丁目から名塚町5丁目と、庄内川河川敷などに8つの字が残る。また、西春日井郡名塚村もあわせて記述する。

地理[編集]

西区の中央部に位置する。

河川[編集]

字一覧[編集]

西春日井郡名塚村当時のもので、配列・読みは『なごやの町名』910頁による[4]。また、太字のものは西区名塚町に現存するもので、名古屋市道路認定図による[5]

  • 大金(おおがね)
  • 江股キ(えまたき)
  • 子流(こながれ)
  • 茨島(いばらしま)
  • 笠取(かさとり) - 現町域から離れてミユキモールの西に現存する
  • 東荒子(ひがしあらこ)
  • 籠島(かごしま)
  • 西荒子(にしあらこ)
  • 鳥水塚(とりみづか)
  • 違ヶ瀬(ちがいがぜ)
  • 島江(しまえ)
  • 才藤(さいと)
  • 下黒部(しもくろべ)
  • 上黒部(かみくろべ)
  • 井尾多レ(いびたれ)
  • 助ヶ上(すけんじょう)
  • 薬師前(やくしまえ)
  • 薬師西(やくしにし)
  • 郷(ごう)
  • 北浦(きたうら) - 庄内公園とそこから西の堤防に現存する
  • 東坪堀田(ひがしつぼほりた) - 庄内川堤防に現存する
  • 西坪堀田(にしつぼほりた) - 庄内川堤防に現存する
  • 薬師浦(やくしうら)
  • 土手(どて) - 庄内川河川敷の庄内公園と庄内川に現存する
  • 墓南(はかなみ) - 庄内川河川敷の庄内公園と庄内川に現存する
  • 柳原(やなぎはら) - 庄内川河川敷の庄内公園と庄内川に現存する
  • 定井下(じょういした) - 庄内川河川敷の庄内公園と庄内川に現存する
  • 村前(むらまえ)

歴史[編集]

名塚村
廃止日 1889年10月1日
廃止理由 編入
現在の自治体 名古屋市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
西春日井郡
名塚村役場
所在地 愛知県西春日井郡
 表示 ウィキプロジェクト

かつては、現在の庄内緑地あたり(現在地から見ると対岸にあたる)に所在した村だったが、その地が堤防工事に伴って河川内になり、また遊水池として使用するため、1614年(慶長19年)堀越村・新福寺村とともに現在地に移ってきたという。『尾張國地名考』によれば、苗束(なづか)から付けられたという。

沿革[編集]

  • 1614年(慶長19年) - 村が現在地に移転。また、新福寺村より新(真)福寺が移転してくる。
  • 1880年(明治13年) - 春日井郡分割に伴い、西春日井郡名塚村となる。
  • 1889年(明治22年) - 合併により西春日井郡庄内村大字名塚となる。
  • 1926年(大正15年) - 庄内町大字名塚となる。
  • 1937年(昭和12年) - 庄内町が名古屋市に編入され、名古屋市西区名塚町となる。
  • 1939年(昭和14年) - 一部が鳥見町大金町笠取町となる。
  • 1949年(昭和24年) - 一部が西区庄内通となる。

世帯数と人口[編集]

2019年(平成31年)2月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁 世帯数 人口
名塚町 702世帯 1,534人

学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[6]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[7]

番・番地等 小学校 中学校 高等学校
全域 名古屋市立庄内小学校 名古屋市立名塚中学校 尾張学区

交通[編集]

バス[編集]

施設[編集]

史跡[編集]

  • 庚申塚 - 稲生の戦いの際の戦死者を弔うために建てられた塚。
  • 稲生原古戦場跡
  • 名塚砦 - 佐久間盛重が稲生の戦いの際に守った砦。白山神社あたりに所在したとされるが不詳である。

その他[編集]

日本郵便[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 町・丁目(大字)別、年齢(10歳階級)別公簿人口(全市・区別)” (日本語). 名古屋市 (2019年2月20日). 2019年3月10日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2019年3月10日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年1月6日閲覧。
  4. ^ 名古屋市計画局編『なごやの町名』名古屋市計画局、1992年
  5. ^ 名古屋市道路認定図 名古屋市西区名塚町
  6. ^ 市立小・中学校の通学区域一覧”. 名古屋市 (2018年11月10日). 2019年1月14日閲覧。
  7. ^ 平成29年度以降の愛知県公立高等学校(全日制課程)入学者選抜における通学区域並びに群及びグループ分け案について”. 愛知県教育委員会 (2015年2月16日). 2019年1月14日閲覧。
  8. ^ 郵便番号簿 平成29年度版 - 日本郵便. 2019年03月10日閲覧 (PDF)

関連項目[編集]