名阪近鉄バス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動
名阪近鉄バス株式会社
Meihan Kintetsu Co.,Ltd.
ADG-RU1ESAA.JPG
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 近鉄バス、名阪近鉄
本社所在地 日本の旗 日本
450-0002
愛知県名古屋市中村区名駅3丁目21-7
設立 1930年5月24日
業種 陸運業
法人番号 7180001033082 ウィキデータを編集
事業内容 乗合バス事業、貸切バス事業、労働派遣事業
代表者

代表取締役会長 原 恭

代表取締役社長 田端 英明
資本金 9,000万円
売上高 52億7,000万円
従業員数 540名
決算期 3月31日
主要株主 三重交通グループホールディングス 100%
主要子会社 名阪近鉄旅行、ミドリサービス
関係する人物 佐伯勇上山善紀(ともに旧・日本高速自動車の社長)
外部リンク https://www.mkb.co.jp/
テンプレートを表示
本社が入る名古屋三交ビル

名阪近鉄バス株式会社(めいはんきんてつバス、Meihan Kintetsu Co.,Ltd. )は、本社を愛知県名古屋市に置く、近鉄グループ中間持株会社三重交通グループホールディングス傘下のバス会社。高速バス名神ハイウェイバス」、岐阜県大垣市を中心に路線バス、愛知県・岐阜県・三重県東海3県貸切バスを運行する。主な子会社名阪近鉄旅行がある。

1930年大垣自動車として設立され、同じ地域にあった養老電気鉄道(現養老鉄道養老線)の傘下となった後に、近畿日本鉄道の100%子会社となった。その後、近鉄グループのバス事業再編に伴い2007年10月1日をもって、営業エリアが一部重複する三重交通を傘下に持つ三交ホールディングス(現:三重交通グループホールディングス)が株式交換を行ったことでその子会社となった[1]

沿革[編集]

創業から近鉄グループ傘下へ[編集]

1930年5月24日[2]大垣自動車として現在の岐阜県大垣市で創立[3]。その後幾度かの合併を経て岐阜県西部に路線を拡張するとともに、1937年11月[3]、すでに大阪電気軌道参宮急行電鉄(現在の近畿日本鉄道)の子会社となっていた養老電鉄(現・養老鉄道養老線)の傘下に入る。戦時統合により1938年8月に陸上交通事業調整法が施行、1941年3月に関西急行鉄道株式会社(現:近畿日本鉄道)から事業を譲受する[3]1946年7月に大軌証券(現:近畿日本鉄道)が全ての発行株式を取得し[3]、完全に近鉄グループ傘下となる。

近鉄傘下となって以降は、1950年11月に貸切バス事業を開始[3]1956年8月に名古屋市で貸切バス事業を行っていた同系列の中京観光自動車を吸収合併し、新中京バス株式会社に社名変更[3]。名古屋に進出すると同時に本社を名古屋市に移し、東海3県での貸切バス事業を開始した。1958年9月には名古屋近鉄バスに再度社名を変更[3]1960年に全線開通した伊吹山ドライブウェイの建設にも関与した。1966年4月には子会社として株式会社名古屋近鉄バス観光社を設立[3](現:名阪近鉄旅行)、同年8月には伊吹山観光自動車道株式会社を合併している[3]

名神ハイウェイバスの運行[編集]

1964年名神高速道路が開通し、この道路を走る高速バス路線を国鉄(現JR東海バス西日本JRバス)および数多くの民間会社が計画したため混乱した。

この混乱を収拾するため、運輸省(現:国土交通省)による調整の上、名鉄系の日本急行バス名鉄京阪阪急近江鉄道などが出資)と、近鉄系の日本高速自動車(近鉄・阪神南海の3社が出資)の2社に集約の上、名神ハイウェイバスの運行を行うことにした。

しかしその後、東海道新幹線の開通やマイカーの普及などで乗客が低迷し、日本高速自動車は近鉄の単独出資の会社となった。同様に日本急行バスも名鉄の単独出資となり、その後名古屋観光日急から名鉄観光バスを経て、現在は名鉄バスへ高速バス事業が移管された。

1980年代以降の年表[編集]

1980年代以降の沿革は年表にまとめた。

2020年代以降の年表[編集]

営業所[編集]

現行営業所[編集]

廃止営業所[編集]

  • 大阪営業所(大阪市淀川区木川東)- 淀川車庫と貸切バス担当
    • 現:奈良観光バス大阪営業所。名神ハイウェイバスの折返基地としての使用は継続している。
  • 岐阜営業所(岐阜市入舟町)- 貸切バス担当
  • 松阪営業所(松阪市塚本町)- 貸切バス担当

路線[編集]

路線バス[編集]

emicaPiTaPaTOICAmanacaなどのICカードは利用できない。大阪府に本社を有する近鉄バスは別会社である。

高速バス[編集]

期間限定バス[編集]

養老関ヶ原めぐりバス[9]

シャトルバス[編集]

イオンモール熱田シャトルバス

車両[編集]

車両メーカー[編集]

長らく全車が日野自動車日野車体製で統一されていた。在籍車両数は路線車が70両あまり、貸切車は190両を越える。

路線車は大型10.5m車と中型車を中心に導入され、一部は他社からの移籍車である。最近では路線バスの出口付近に、名阪近鉄バスが三重交通グループホールディングスの傘下に入ったことを示すための「SANCO」ステッカーが貼られている。2009年いすゞ自動車エルガを2台購入。さらに2014年6月には初のハイブリッド車としてエルガハイブリッドを1台購入、若森営業所に配置された。

貸切車はハイデッカーを中心に導入され、全車が日野自動車製の車両で統一されている。豪華観光バスも在籍し「浪漫II」「煌」の愛称で運行する。また、Jリーグ名古屋グランパス選手専用とFC岐阜選手専用の特別車両も所有する。

高速車は貸切車からの転用車が多かったが、2002年以来9年ぶりに2011年に3台が新車導入された[12]2016年10月時点では高速車は順次新車が導入され、全9台中8台がコンセント(AC100V電源)とトイレ(化粧室)付きの車両となっている。また同2016年に名古屋営業所へ導入された貸切車の一部にもコンセント装備の車両がある。

カラーリング[編集]

車両の塗装は、一般路線用の現行塗装は白と赤・オレンジを基調としたもので1993年に登場した。過去の塗装は近畿日本鉄道(現:近鉄バス)が1980年代まで使用していた2世代前の塗装と同じデザインで(色合いは若干異なる)、2014年には若森営業所所属の日野・ブルーリボンシティ1台がこの復刻カラーを纏い、さらに前面には日野の旧マークであるウィングエンブレムも付けられ、後輪には当時の車両のようにカバーが装着された。

貸切車はいくつかのカラーリングがあり統一されていないが、ベージュに赤・オレンジ・茶のラインがが施されている車両が多い。この塗装は三重交通貸切車の旧塗装と色違いと思われがちだが、実際は1985年登場の名阪近鉄高速バスのサロンカー「スーパーグレイス46」(日野グランデッカー)に施されたオリジナル塗装。これを同年12月に三重交通が自社貸切バスの新カラーの塗り分けとして採用したものであるが、三重交通は近年パッチワーク調の新デザインに変更した。他のカラーリングは白を基調に大きくKの文字を入れたものと、黄色地に踊るように丸ゴシックでKINTETSUと入った「ピクニック」塗装がある。

高速車は、日本高速自動車時代に採用された白と赤・オレンジの塗装が長らく使われていたが、貸切車からの転用車は貸切時代の塗装をそのまま使用しており、2011年導入の新車もベージュ地の貸切塗装になった[12]

車両のギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 簡易株式交換による名阪近鉄バス株式会社の完全子会社化に関するお知らせ (PDF, 三交ホールディングス 平成19年7月25日)
  2. ^ 会社概要 名阪近鉄バス公式サイト
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n 創立90周年の歩み 名阪近鉄バス 創立90周年記念サイト
  4. ^ 「伊吹山ドライブウェイ」の資産および営業譲渡について (PDF) ,近畿日本鉄道株式会社・名阪近鉄バス株式会社。2015年1月12日閲覧。
  5. ^ グループ沿革,三重交通グループホールディングス株式会社。2015年1月12日閲覧。
  6. ^ a b 揖斐川町コミュニティバスの廃止について 名阪近鉄バス お知らせ、2019年9月30日
  7. ^ a b ニュースリリース 【5月24日に名阪近鉄バス株式会社は創立90周年を迎えます】 名阪近鉄バス ニュースリリース、2020年1月25日
  8. ^ 「養老関ケ原めぐりバス」・「養老駅シャトルバス」の運行及び養老鉄道沿線イベント等の開始について - 岐阜県公式サイト内
  9. ^ 無料巡回バス - みりょく発見!!養老鉄道沿線めぐりサイト内
  10. ^ 「養老関ケ原めぐりバス」・「養老駅シャトルバス」の運行及び養老鉄道沿線イベント等の開始について -  岐阜県公式サイト内
  11. ^ “金山総合駅南口~イオンモール熱田無料シャトルバスの運行について” (プレスリリース), 名阪近鉄バス, (2020年3月31日), https://www.mkb.co.jp/pdf/news_aeon.pdf 2020年4月1日閲覧。 
  12. ^ a b バスラマ・インターナショナル No.127 P.5 2011年8月25日 ISBN 978-4-89980-127-6

関連項目[編集]