后甲線

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后甲線
Coast Line and Mountain Line.JPG
1920年の路線図(中央の緑のラインが后甲線)
各種表記
繁体字 后甲線
簡体字 后甲线
拼音 Hòu jiǎ xiàn
通用拼音 Hòu jiǎ siàn
注音符号 ㄏㄡ ㄐㄧㄚ ㄒㄧㄢ
ラテン字 Houchia Hsien
発音: ホウジャーシェン
台湾語発音: Āu-kah-suànn/Āu-kah-Soàⁿ
日本語漢音読み ごうこうせん
英文 Houjia Line
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路線図
凡例
STRq
STRq
台湾鉄路管理局台中線
0.0 后里
uexSTR+l uexBHFq uexABZql
后里下
uexBHF
泉州厝
uexSTRl uexSTR+r
uexBHF
月眉
uexBHF
四塊厝
uexBHF
口荘
uexBHF
三崁
uexBHF
二崁
uexSTR+l uexSTRr
uexBHF
外埔
uexBHF
馬鳴埔
uexBHF
大甲東
uexSTRl uexDBHFq uexDABZq+r uexSTR+r
山脚 大甲(1912-1929、1970-)
STRq
emABZqr
台鉄大甲 台湾鉄路管理局海岸線
uexSTR+l uexSTRr
糖鉄大甲(2代目) 1929-1970
uexBHF uexSTR
市場前
uexABZg+l uexSTRr
uexBHF
南門
uexABZgl
中庄支線→
uexBHF
荘尾
uexBHF
橫圳
uexBHF
奉化
uexBHF
松子脚
uexBHF
脚踏
uexKBHFe
大安港

后甲線(ごうこうせん)あるいは大甲線(だいこうせん)は台湾台中市台湾糖業公司月眉糖廠中国語版が運営していた后里区外埔区大甲区大安区を結ぶ軽便鉄道路線1970年に廃止された。文献によっては甲后線(こうごうせん)、あるいは月眉線(げつびせん)の別称が使われることもある。

路線データ[編集]

概要[編集]

北港製糖(東洋製糖の前身、大日本製糖の前々身)月眉製糖工場(台糖月眉糖廠の前身)によるサトウキビ輸送と付随する旅客輸送のために大甲駅后里駅、大安港を結ぶ路線として1912年に開業した。現外埔区周辺では大安渓が形成する河岸段丘を避けて線形がΩ型となっていた。西部幹線海線山線を短絡する連絡線としてだけでなく、夏場は終着大安港付近の大安海水浴場中国語版への観光客輸送、冬場は収穫されたサトウキビ輸送の役割が大きかったが、大日本製糖の経営となってからは営業線(旅客線)は共栄自動車(豊原客運中国語版の母体の一つ)との競合で旅客営業収入が昭和4年度の11,602円から[2]、昭和7年度の5,388円に激減するなど[3]、大打撃を受けたものの[1]、専用線(一部は軌間610mm)での輸送が旺盛となり、1932年(昭和7年)ごろは4両の蒸気機関車、15両の客車、252両の貨車、2両のガソリンカーが配備されていた[1]。当時は大甲から后里方面には毎日4本、大安港には毎日7本の旅客列車が運行されていた[1]。戦後は台糖后甲線となり一時は列車が毎日8本運行されるなど旅客輸送も栄えたが[1]、次第にモータリゼーションの発達に押され、大甲から后里へは毎日5本、大安港へは3本と再び衰退し[1]1970年に廃止。1975年に大部分が撤去されたため[1]、施設はほぼ現存していない。

現在は台中市市区公車中国語版212路213路214路など(いずれも豊原客運運行)のバス路線に置き換わっている。

21世紀になってからは、台湾鉄路管理局の路線網で市内環状線(大台中山手線)の一つとしてかつての当路線に並行する大甲と后里を結ぶ甲后線が台中市政府によって提唱され、中央政府が推進する前瞻基礎建設計画に盛り込まれた。

沿革[編集]

  • 4月1日 - 大安港まで延伸。
  • 5月24日 - 大甲駅が西側に移転、旧駅は山脚に改称。

駅一覧[編集]

所在地は廃止当時のもの。

駅名 駅間
キロ

累計
キロ[8]
接続路線・開業日[9]・備考 所在地
日本語 繁体字中国語 英語
后里駅 后里車站 Houli Railway Station 0.0 0.0 台湾鉄路管理局台中線
開業時の名称は后里庄
后里郷 台中県
后里下駅 后里下車站 Houlixia 0.8 0.8 1935(昭和10)年11月30日開業
泉州厝駅 泉州厝車站 Quanzhoucuo 0.9 1.7 旧称:發電所(発電所)
1912(明治45)年7月1日開業
月眉駅 月眉車站 Yuemei 3.5 5.2 旧称:車籠埔
1912(明治45)年7月1日開業
四塊厝駅 四塊厝車站 Sikuaicuo 1.7 6.9 1912(明治45)年7月1日開業
口荘駅 口莊車站 Kouzhuang 2.4 9.3 旧称:口庄
1927(昭和2)年4月11日開業
三崁駅 三崁車站 Sankan 2.0 11.3 開業時不明。民国51年(1962年5月版以降の台糖公司営業線里程表に記載[10] 外埔郷
二崁駅 二崁車站 Erkan 1.0 12.3 旧称:磁磘
1912(明治45)年7月1日開業
外埔駅 磁磘車站 Waipu 1.3 13.6 旧称:六份(-1933)→磁磘(-1953)
1912(明治45)年7月1日開業
馬鳴埔駅 馬鳴埔車站 Mamingpu 2.2 15.8 1912(明治45)年7月1日開業
大甲東駅 大甲東車站 Dajia East 1.5 17.4 1912(明治45)年7月1日開業
山脚駅 山腳車站 Shanjiao 2.5 19.9 台湾鉄路管理局海岸線
初代・3代目大甲。台鉄大甲駅後站(東口)
1929(昭和4)年5月24日開業。山脚と改称後に1970年から再度大甲に。
大甲鎮
(2代目)大甲駅 大甲車站 Dajia Station -0.4 21.5 台湾鉄路管理局海岸線
台鉄大甲駅前站(西口)
1912(明治45)年7月1日開業
市場前駅 市場前車站 Shichangqian -0.4 21.1 1935(昭和10)年11月30日開業
南門駅 南門車站 Nanmen 1.5 21.4 中庄支線
1928(昭和3)年7月25日開業
荘尾駅 莊尾車站 Zhuangwei 0.4 21.8 1935(昭和10)年11月30日開業
橫圳駅 橫圳車站 Hengzhen 0.8 22.6 1928(昭和3)年7月25日開業
奉化駅 奉化車站 Fenghu 0.8 23.3 開業時期不明、1965年廃止
松子脚駅 松子腳車站 Songzaijiao 0.8 24.1 1928(昭和3)年7月25日開業、1965年廃止 大安郷
脚踏駅 腳踏車站 Jiaota 0.9 25.0 1929(昭和4)年5月24日開業
大安港駅 大安港車站 Daan Port 1.5 26.5 1929(昭和4)年4月1日開業、1965年廃止

中庄支線[編集]

駅名 駅間
キロ

累計
キロ[8]
接続路線・開業日[9]・備考 所在地
日本語 繁体字中国語 英語
南門駅 南門車站 Nanmen 0.0 0.0 本線(大甲線) 大甲郷 台中県
福興駅 福興車站 1.5 1.5 1933年(昭和8)2月23日開業 大安郷
中庄駅 中庄車站 2.0 3.5 1933年(昭和8)2月23日開業

東中庄支線[編集]

駅名 駅間
キロ

累計
キロ[8]
接続路線・開業日[9]・備考 所在地
日本語 繁体字中国語 英語
福興駅 福興車站 中庄支線 0.0 0.0 大安郷 台中県
東中庄駅 東中庄車站 1.9 1.9 1934年(昭和9)1月1日開業

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k (繁体字中国語)大甲鎮志 上冊 -建設篇(P827-837) 臺中學資料庫
  2. ^ 七 私設鐵道 第六十七表 營業線運輸収入ノ一. pp. 254-255. http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1076751. 台湾総督府交通局鉄道年報. 第31(昭和4年度)/国立国会図書館
  3. ^ 七 私設鐵道 第六十七表 營業線運輸収入ノ一. pp. 248-249. http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1076775. 台湾総督府交通局鉄道年報. 第34(昭和7年度)
  4. ^ ②北港製糖・月眉製糖所(後の台湾製糖・月眉製糖廠) 鈴木商店記念館
  5. ^ (繁体字中国語)北港製糖株式會社鐵道大甲線運輸營業開始ノ件ヲ許可セリ其ノ哩程左ノ通1912-07-11,官報第8718号台湾総督府告示第98号
  6. ^ (繁体字中国語)北港製糖株式會社鐵道讓渡ノ件1915-05-16,国史館台湾文献館
  7. ^ (繁体字中国語)件名:東洋製糖株式會社鐵道停車場設置1927-04-14,国史館台湾文献館
  8. ^ a b c 台湾総督府交通局鉄道年報. 第38(昭和11年度). p. 283-284. http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1114126. 
  9. ^ a b c (繁体字中国語)尋訪台灣第一條糖業鐵道營業線-主頁
  10. ^ (繁体字中国語)糖鐵營業線站名里程表2009-05-22,看橋工房

参考文献[編集]

関連項目[編集]