向田本町

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向田本町
—  町丁  —
地図中の紫色の区域が向田本町の区域である。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
向田本町の位置(鹿児島県内)
向田本町
向田本町
座標: 北緯31度49分1.75秒 東経130度18分22.63秒 / 北緯31.8171528度 東経130.3062861度 / 31.8171528; 130.3062861
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 鹿児島県
市町村 薩摩川内市
地域 川内地域
人口 (2011年4月1日現在)
 - 計 329人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 895-0021

向田本町(むこうだほんまち Mukōdahonmachi)は、鹿児島県薩摩川内市町名[1]。向田本町の全域で住居表示が実施されている[2]。旧川内市向田町の一部、川内市向田本町郵便番号は895-0021。人口は329人、世帯数は171世帯(2011年4月1日現在)[3]

字名のうち「向田」は1965年昭和40年)に分割される以前に属していた向田町の向田、「本町」は区域内を南北に通る本町通りに由来している[4]

地理[編集]

薩摩川内市の本土側の西部、薩摩川内市街地の中央部に位置している。字域の北方には川内川が東西に流れており、それを境に大小路町、南方には東向田町、西方には西向田町東開聞町、東方には川内川支流春田川を境に白和町横馬場町にそれぞれ接している。

字域の中央部を「向田本町」の由来となる薩摩川内市道向田通り線(本町通り)が南北に通っている。この通りの沿線には仲町、十文字、下町(御仮屋馬場)の3商店街が連なっている[4]。また、中央部で鹿児島県道394号山崎川内線と交差している。

河川[編集]

  • 川内川 - 字域の北端部を東西に流れる一級河川
  • 春田川 - 向田本町と白和町、横馬場町の境を流れる平佐町を源流とする川内川の支流。

歴史[編集]

前史[編集]

江戸期頃より向田本町の区域は開けており、藩政時代は地頭仮屋や別当館が置かれていたことから、川内地方の中心地になっていた。また、川内川にあった河港渡唐口は物資の集散所となっていた[4]。明治10年頃までは付近は東手村に含まれていたが、明治10年ごろに東手村より向田町として分立した。1889年明治22年)に町村制が施行されたのに伴い、向田町は再び東手に編入され、隈之城村の大字東手の区域となった。

向田町はその後東手の区域に含まれ、隈之城村は1929年昭和4年)に平佐村東水引村と合併し、川内町となった。その後1940年昭和15年)に川内町が市制施行し、川内市となったのと同時に大字東手から分割され、再び向田町が設置された[5]

分割実施以後[編集]

1965年昭和40年)に向田町の一部より分割され、川内市の町名「向田本町」が設置される[5]2004年平成16年)には川内市等が新設合併し薩摩川内市の町名となった。

字域の変遷[編集]

分割実施後 分割実施年 分割実施後
向田本町 1965年昭和40年) 向田町の一部

施設[編集]

寺社
  • 光永寺
商業
  • 川内山形屋向田本町別館

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[6]

大字 番地 小学校 中学校
向田本町 全域 薩摩川内市立川内小学校 薩摩川内市立川内中央中学校

交通[編集]

鉄道[編集]

字域内には鉄道は通っていない。最寄り駅は川内駅である。

道路[編集]

国道
県道
  • 鹿児島県道394号山崎川内線

脚注[編集]

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  1. ^ 昭和40年鹿児島県告示第323号(字の区域の変更、鹿児島県公報第5304号昭和40年3月31日付所収)
  2. ^ 住居表示 - 薩摩川内市 2011年9月17日閲覧。
  3. ^ 統計データ(住民基本台帳人口) - 薩摩川内市公式ウェブサイト 2011年9月17日閲覧。
  4. ^ a b c 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』 角川書店 pp.763-764
  5. ^ a b 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.617
  6. ^ 薩摩川内市 義務教育”. 薩摩川内市役所. 2011年9月17日閲覧。

座標: 北緯31度49分1.7秒 東経130度18分22.6秒