呂十六型潜水艦

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呂十六型潜水艦(海中3型)
呂号第十六潜水艦
艦級概観
艦種 二等潜水艦
艦名
前級 呂十三型潜水艦(海中2型)
次級 呂二十六型潜水艦(海中4型)
要目
排水量 基準:740トン 常備:771.8トン
水中:996.8トン
全長 70.1m
全幅 6.12m
吃水 3.70m
機関 ズルツァー[1]2号ディーゼル2基
電動機、2軸
水上:2,600馬力
水中:1,200馬力
速力 水上:16.5kt
水中:8.5kt
航続距離 水上:10ktで6,000海里
水中:4ktで85海里
燃料 重油:75トン
乗員 46名
兵装 28口径8cm高角砲1門
45cm魚雷発射管 艦首4門、舷側2門
魚雷10本
備考 安全潜航深度:45.7m

呂十六型潜水艦(ろじゅうろくがたせんすいかん)は、大日本帝国海軍潜水艦の艦級。海中3型(かいちゅうさんがた)とも。同型艦10隻。戦歴無し。

概要[編集]

海中2型を発展させたものであるが、安全潜航深度が45.7mに増した程度で大きな変更点はない。1917年(大正6年)度の八四艦隊案により6隻、1918年(大正7年)度の八六艦隊案により4隻、合計10隻が建造され、1920年(大正9年)から1923年(大正12年)にかけて竣工した。1936年(昭和11年)までに老朽化によって順次除籍された。特に戦果、戦歴等はない。

同型艦[編集]

1924年(大正13年)11月1日に「呂号第~潜水艦」と改名。

呂16[編集]

呂17[編集]

呂18[編集]

  • 呂号第十八潜水艦 ←第三十五潜水艦から改名
    • 1921年(大正10年)12月15日竣工(呉海軍工廠)。1936年(昭和11年)4月1日除籍。

呂19[編集]

  • 呂号第十九潜水艦 ←第三十六潜水艦から改名
    • 1922年(大正11年)3月15日竣工(呉海軍工廠)。1936年(昭和11年)4月1日除籍。

呂20[編集]

呂21[編集]

  • 呂号第二十一潜水艦 ←第三十九潜水艦から改名
    • 1922年(大正11年)2月1日竣工(横須賀海軍工廠)。1934年(昭和9年)4月1日除籍。

呂22[編集]

  • 呂号第二十二潜水艦 ←第四十潜水艦から改名
    • 1922年(大正11年)10月10日竣工(横須賀海軍工廠)。1934年(昭和9年)4月1日除籍。

呂23[編集]

呂24[編集]

呂25[編集]

  • 呂号第二十五潜水艦 ←第四十三潜水艦から改名
    • 1921年(大正10年)10月25日竣工(佐世保海軍工廠)。1924年(大正13年)3月19日に佐世保港外で訓練中に「龍田」と衝突し沈没、乗員全員が死亡した。4月25日に引き揚げて再就役。1936年(昭和11年)4月1日除籍。

潜水隊の変遷[編集]

第十六潜水隊[編集]

呉鎮守府籍の呂17呂18で編成。その後遅れて竣工した呂19を編入した。主に警備や訓練に使用され、所属艦の除籍により昭和11年4月1日に解隊された。

1921年(大正10年)12月20日:第三十四潜水艦(呂17)、第三十五潜水艦(呂18)で編成。第一艦隊第1潜水戦隊。
1922年(大正11年)3月15日:竣工した第三十六潜水艦(呂19)を編入。
1922年(大正11年)12月1日:第二艦隊第2潜水戦隊。
1923年(大正12年)12月1日:横須賀鎮守府部隊。
1936年(昭和11年)4月1日:所属艦の除籍を機に解隊。

脚注[編集]

  1. ^ SULZER社。英語読みではスルザー。

参考文献[編集]

  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第一法規出版、1995年。
  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第12巻 潜水艦』(光人社、1990年) ISBN 4-7698-0462-8

関連項目[編集]