呉国太

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呉国太(ごこくたい)は、小説『三国志演義』に登場する架空の女性[1]

概略[編集]

三国志演義』第7回から登場する。姉の呉夫人と一緒に孫堅に嫁ぎ、孫堅の側妻になって、孫朗と孫仁(後の孫夫人)を産む。

呉夫人の死後、孫権は呉国太に生母のように孝行した。曹操の大軍が南下すると、呉国太は孫権に「亡き兄上(孫策)は内のことは張昭、外のことは周瑜に聞けと言い残したではありませんか」と助言する。孫権は周瑜の策を用い、孫仁を劉備に嫁がせ、隙を見て殺す策を立てる。呉国太は初め、娘と劉備の結婚に反対するが、劉備に会うと態度を変え、自分の娘婿にふさわしい人物と思い直すようになる。結婚後、劉備夫婦は長江のほとりへ先祖を祀りに行きたいと願い出て、呉氏は同意するが、劉備はすきを見て、孫夫人と共に逃げ出す。こうして孫権と周瑜の計略は失敗した。

孫権が荊州攻略に準備した際、呉氏は娘を劉備のもとから呼び戻すよう求める。そこで、孫夫人の旧臣である周善が派遣され、孫夫人は帰郷する。その後は呉氏の登場はない。

人物の原型[編集]

正史三国志』では、呉夫人の妹であるという孫堅の側妻は存在しない。孫朗(別名は孫仁)は孫堅の庶子で、生母の身分が低かった。呉国太は、呉夫人と孫堅の妾との2人を参考に創作されたと考えられる。

一方、正史では孫夫人の実母の身分に関して言及がなく、孫夫人は嫡出子であった可能性がある。

脚注[編集]

  1. ^ 京劇では、国太は皇帝の母の呼称。