周循

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

周 循(しゅう じゅん、生没年不詳)は、中国後漢末期から三国時代の人物。周瑜の息子。廬江郡舒県の人。は不明。周胤孫登妻の兄。周峻の従兄弟。『三国志志に記録がある。

生涯[編集]

後漢末期の群雄の1人である孫権に仕え、208年赤壁の戦い曹操を破った周瑜は210年に死去したが、2人の男子と1人の女子がいたという。周循は長男である。

主君である孫権の娘・孫魯班(母は歩皇后)を娶り、騎都尉を拝命した。周瑜の遺風を持っていたが早くに卒去したという。