呼子線

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呼子線(よぶこせん)は、佐賀県唐津市の、日本国有鉄道(国鉄)筑肥線虹ノ松原駅から、国鉄唐津線唐津駅 - 西唐津駅間を経て、同市呼子町(建設当時は佐賀県東松浦郡呼子町)を結ぶ計画だった国鉄の鉄道路線

1968年(昭和43年)に着工し、ほぼ全線にわたりトンネル高架橋等の工事は完了していたが、唐津市街地での用地取得に時間がかかっているうちに国鉄の経営が悪化、国鉄再建法の施行の影響により工事が中断された。

このうち高い需要の見込まれる虹ノ松原駅 - 西唐津駅間については、国鉄筑肥線の変更路線に組み込まれて工事が継続され、1983年(昭和58年)3月22日に開業している(これについては「筑肥線」の項を参照)。しかし、残りの区間は採算ラインにわずかに届かず、地元は懸命に効用を訴えたものの開業に至らなかった。呼子駅前には当時の呼子町が駅前団地の整備を行うなど大きな期待を寄せていたが、鉄道がこの地に来ることはなかった。だが比較的最近においても復活を希望する声も存在はしていた[1]

その後、未開業区間の用地は唐津市に引き渡され、構造物については解体工事が行われている。旧呼子町内では路盤の一部が農道に、トンネルの一部がハムソーセージの貯蔵庫に活用されている[2]

呼子駅から先、東松浦半島を一周して筑肥線・松浦線伊万里駅までを結ぶ計画があったが、こちらは認可に至っておらず、着工されていない。

歴史[編集]

  • 1961年(昭和36年)6月:予定線
  • 1962年(昭和37年)3月:調査線
  • 1964年(昭和39年)
    • 6月:工事線
    • 4月:公団調査線
    • 9月:公団工事線
  • 1967年(昭和42年)
    • 11月:国鉄協議済み(西唐津 - 呼子)
    • 12月:工事実施計画認可(西唐津 - 呼子)
  • 1968年(昭和43年)
    • 3月:起工式
    • 9月:着工
  • 1980年(昭和55年):国鉄再建法施行により、工事凍結。
  • 1983年(昭和58年)3月22日:虹ノ松原駅 - 唐津駅間が筑肥線付け替えとして開業。筑肥線姪浜駅 - 虹ノ松原駅間および唐津線唐津駅 - 西唐津駅間が電化され、福岡市営地下鉄1号線(現在の空港線)博多駅(当時は仮駅) - 西唐津駅間で電車による直通運転を開始。

駅一覧[編集]

営業区間
虹ノ松原駅 - 東唐津駅 - 和多田駅 - 唐津駅 - 西唐津駅
未開業区間
西唐津駅 - 佐志駅 - 肥前相賀駅 - 肥前湊駅 - 屋形石駅 - 呼子駅
  • 路線全長 22.9km(虹ノ松原駅 - 呼子駅間)

脚注[編集]

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  1. ^ [連載]胎動-唐津市圏(3) - 佐賀新聞、1994年1月27日(2014年3月26日閲覧)
  2. ^ “廃線トンネルで極上ハム 旧国鉄「呼子線」、独でも評価”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2013年6月25日). http://www.asahi.com/national/update/0624/SEB201306240004.html?ref=yahoo 2013年6月25日閲覧。 

関連項目[編集]