哀愁のカサブランカ

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哀愁のカサブランカ
郷ひろみシングル
初出アルバム『哀愁のカサブランカ』
B面 マイ・コレクション
リリース
ジャンル アイドル歌謡曲
レーベル CBSソニー
作詞・作曲 作詞・作曲:B. Higgins, S. Limbo, J. Healy
日本語詞:山川啓介
チャート最高順位
郷ひろみ シングル 年表
女であれ、男であれ
(1982年)
哀愁のカサブランカ
1982年
哀しみの黒い瞳
(1982年)
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哀愁のカサブランカ」(あいしゅうのカサブランカ)は、1982年7月にリリースされた郷ひろみの43枚目のシングルである。この曲で西城秀樹の「リトルガール」に続きオリコン史上2人目となる、シングル30曲ベストテン入りを果たした。

解説[編集]

  • 1982年4月初旬、バーティ・ヒギンズ英語版の「Casablanca(カサブランカ)」(アルバム『Just Another Day in Paradise』収録)のラフ・テスト盤を聴いたニッポン放送パーソナリティ・はた金次郎は同曲の日本でのヒットを確信。自身が担当していた『オールナイト・電リク』にて日本語歌詞と適任のアーティストを募集した。その結果、1,000通を超える応募があり、その中から当時18歳で作詞家志望の高校生、吉井伸子が最優秀作詞賞に選ばれた。スタッフによる協議の結果、アーティストには郷ひろみが選ばれ、ニッポン放送ラジオ・スタジオ銀河にて収録が行われた。放送直後から大きな反響があり、CBSソニーは山川啓介による日本語歌詞に変えたものを市販することを決定した。
  • バーティ・ヒギンズの「カサブランカ」も同時にBEST20にランクされている。オリコン洋楽シングルチャートでは1982年7月5日付から8週連続1位を獲得し、1982年の年間チャート1位となった[1]
  • B面の「マイ・コレクション」は直前に発売されたベスト・アルバム『マイ・コレクション』に収録されたメドレーの前半を編集したものであり、「男の子女の子」・「よろしく哀愁」など郷ひろみのヒット曲の冒頭部分をつなぎ合わせたものである[2]
  • 9月22日、同名のアルバムをリリースし、販売枚数17.9万枚でオリコンのアルバムチャートで初登場2位、年間第2位となった。ヨーロピアン調のバラード主体で収録曲は、1.哀愁のカサブランカ・2.時にはきみが、時には僕が・3.ロマンス(フリオ・イグレシアスの「愛のロマンス」(原曲は映画『禁じられた遊び』の主題歌)のカバー)・4.終着駅の女・5.Goodbye Day来生たかおのカバー)・6.Street Doll・7.さよならロンリー・ラブ・8.若草の萌える頃・9.Lazy Moon・10.長雨。1曲目に収録された哀愁のカサブランカはストリングス・オーケストラが演奏している長い前奏があるアルバムバージョン。[3][4]
  • 3年後の1985年、郷ひろみと熱愛の噂があった松田聖子神田正輝と結婚した直後の6月26日(披露宴の2日後)、『夜のヒットスタジオ』に米国フィラデルフィアの教会から中継出演し、「ハリウッド・スキャンダル」と本曲を披露した(郷は披露宴に招待されていなかった)。[5]。歌唱前、披露宴に出席していた番組司会の芳村真理が、「聖子ちゃん、きれいだったわよ」と語りかけると、郷は「そう……よかった」とだけ言葉少なに応えた[5]。歌詞には「結ばれると信じてた」「新しい名前になったと聞いたよ」などとその後を予言していたような内容であり、間奏時には、聖子の出演シーンや郷との共演シーンが流されていた[5]。番組プロデューサーの疋田拓は郷と親しく、郷と聖子の婚約発表を『夜のヒットスタジオ』でさせようと計画していたのだという[5]
  • 「ザ・ベストテン」でもランクインしたが、郷自身が「自身が気に入っている歌を他者に順位付けされたくない」という理由で、この曲のヒットを機にベストテンの出演を一切しない意向を示した。

収録曲[編集]

  1. 哀愁のカサブランカ(4分30秒)
  2. マイ・コレクション(4分40秒)

脚注[編集]

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参考文献[編集]

  • 中川右介 『松田聖子と中森明菜[増補版]一九八〇年代の革命』 朝日文庫、2014年12月。ISBN 978-4022618146。 

関連項目[編集]