喜多川雪麿

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喜多川 雪麿(きたがわ ゆきまる、寛政9年〈1797年〉 - 安政3年12月5日1856年12月31日〉)とは、江戸時代浮世絵師

来歴[編集]

喜多川月麿の門人。姓は田中、名は親敬。通称善三郎[1]。字は虞徳。墨川亭、敬丹舎と号す。越後高田藩士。文化末年から嘉永の頃にかけて錦絵美人画、版本の挿絵肉筆美人画を描く。鹿都部真顔に師事して狂歌も詠んだ。文政6年(1823年)以降からは戯作者としても活躍している。享年60。白金台町妙園寺に葬る。

作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 野崎左文『増補私の見た明治文壇1』平凡社、2007年、157p。

参考文献[編集]

  • 井上和雄編 『浮世絵師伝』 渡辺版画店、1931年 ※近代デジタルライブラリーに本文あり。149コマ目。
  • 日本浮世絵協会編 『原色浮世絵大百科事典』(第2巻) 大修館書店、1982年