国分寺町 (薩摩川内市)

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国分寺町
—  大字  —
国分寺町の位置
国分寺町
座標: 北緯31度50分1.7秒 東経130度18分15.1秒 / 北緯31.833806度 東経130.304194度 / 31.833806; 130.304194
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 鹿児島県
市町村 薩摩川内市
地域 川内地域
人口 (2011年4月1日現在)
 - 計 1,617人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 895-0073

国分寺町(こくぶんじちょう Kokubunji-Chō)は、鹿児島県薩摩川内市大字[1]。旧薩摩郡川内町大字大小路の一部、川内市国分寺町郵便番号は895-0073。人口は1,617人、世帯数は662世帯(2011年4月1日現在)[2]

「国分寺町」という大字名は地内に薩摩国分寺の遺跡があることに由来している[3]

目次

地理

薩摩川内市の西部に位置している。字域の北方には高城町、北方から東方にかけては中郷町、中郷、東方には原田町、西方には御陵下町、南方には大小路町にそれぞれ接している。

字域の南端を国道267号が東西に通っており、肥薩おれんじ鉄道線が北西に通っている。西部には薩摩国分寺跡史跡公園があり、この地では薩摩国府跡と薩摩国分寺跡が発掘されており、1.5ヘクタールが国の史跡となっている。

中央台地に国府、国分、下台、後牟田の4集落が密集している。

歴史

1940年(昭和15年)に川内町が市制施行するのに伴い、川内町大小路より一部が分割され川内市の大字「国分寺町」として成立した[4]。2004年の市町村合併により薩摩川内市の大字となった。

字域の変遷

実施後 実施年 実施前
川内市国分寺町 1940年昭和15年) 川内町大字大小路

施設

公共
  • 川内葬斎場やすらぎ苑
史跡
寺社
  • 菅原神社

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[5]

大字 番地 小学校 中学校
国分寺町 全域 薩摩川内市立可愛小学校 薩摩川内市立川内北中学校

交通

道路

国道

脚注

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  1. ^ 川薩地区合併協議会 町・字の取り扱いについて
  2. ^ 統計データ(町別住民基本台帳人口) - 薩摩川内市公式ウェブサイト 2011年4月25日閲覧。
  3. ^角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.760
  4. ^ 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.289
  5. ^ 薩摩川内市 義務教育”. 薩摩川内市役所. 2010年9月3日閲覧。

関連項目

座標: 北緯31度50分1.7秒 東経130度18分15.1秒

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