国分恭介

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国分恭介
Kyosuke-Kokubun20110403.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 茨城県勝田市
(現・ひたちなか市
生年月日 (1990-12-27) 1990年12月27日(27歳)
身長 166cm
体重 52kg
血液型 O型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 フリー
初免許年 2009年
免許区分 平地・障害[1]
経歴
所属 栗東・五十嵐忠男(2009.3.1 - 2010.12.31)
栗東・フリー(2011.1.1 - )
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国分 恭介(こくぶん きょうすけ、1990年12月27日 - )は日本中央競馬会栗東トレーニングセンターに所属する騎手。常用外漢字の使用に制約があるJRA公式ホームページ・新聞などでは「国分」と表記されるが、正しくは「國分 恭介」。

双子の兄・国分優作も栗東所属の騎手。

来歴[編集]

恭介の身体が小さかったこともあって、母が競馬学校のパンフレットを家に持ち帰り、将来の進路のひとつとして勧めたことが騎手になるきっかけだったという[2]

2006年4月に競馬学校第25期生として双子の兄・優作らと共に入学。また、3年生時に藤田伸二の特別講義を受けた一人である[3]

2009年2月に競馬学校を卒業。JRAでは柴田大知柴田未崎以来、13年ぶり2組目の双子騎手となった[4]。同期に小野寺祐太、国分優作、松山弘平丸山元気がいる。

調教中に落馬負傷したため、同期のほかの4人より1週間遅れてのデビューとなった。初騎乗は2009年3月7日阪神競馬場第1レースのターンオーバーで、14頭立ての11着だった。同年4月25日京都競馬場第12レースで5番人気スリーサンビームに騎乗し53戦目で初勝利を挙げた。兄・優作から6日遅れての初勝利だった。

2009年9月6日小倉2歳ステークスでダンツミラションに騎乗し重賞初騎乗(8着)。また、年末に中京競馬場で実施された「中京ヤングバトルシリーズ2009」(ポイント制)で優勝し、翌2010年の同シリーズも優勝し連覇を果たす。同年10月17日には府中牝馬ステークステイエムオーロラで勝利し、15度目の挑戦で同期一番乗りとなる、JRA重賞初勝利を挙げる。

騎乗成績[編集]

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 2009年3月7日 1回阪神3日1R 3歳未勝利 ターンオーバー 14頭 10 11着
初勝利 2009年4月25日 3回京都1日12R 4歳上500万円下 スリーサンビーム 16頭 5 1着
重賞初騎乗 2009年9月6日 3回小倉8日10R 小倉2歳ステークス ダンツミラション 14頭 12 8着
重賞初勝利 2010年10月17日 4回東京4日11R 府中牝馬ステークス テイエムオーロラ 17頭 4 1着
GI初騎乗 2010年11月14日 6回京都4日11R エリザベス女王杯 テイエムプリキュア 17頭 11 17着
年度 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率
2009年 23 29 42 539 .043 .096 .174
2010年 52 34 59 843 .062 .102 .172
2011年 29 36 49 780 .037 .083 .146
2012年 20 42 44 773 .026 .080 .137
2013年 25 27 48 645 .039 .081 .155
中央 149 168 242 3580 .042 .089 .156
地方 4 5 5 36 .111 .250 .389
総合 153 173 247 3616 .042 .090 .158

脚注[編集]

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  1. ^ 平成28年度 騎手免許試験合格者 (PDF)”. 日本中央競馬会 (2016年2月11日). 2016年4月6日閲覧。
  2. ^ 2010年11月16日中日スポーツ紙面
  3. ^ 別冊宝島 騎手・藤田伸二 20年の「男道」「フリー百科事典『ウィキペディア』本人チェック」
  4. ^ ただし双子騎手自体は片方のみJRAでもう片方がNARであれば水野貴広水野貴史兄弟が既に柴田より先にいた。また両方NARであれば竹田吉孝竹田吉秀兄弟やかつて兵庫で騎手をしていた松本良平・松本心平兄弟の例もあった

関連項目[編集]