国鉄トラ1形貨車

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国鉄トラ1形貨車
基本情報
車種 無蓋車
運用者 鉄道省
日本国有鉄道
製造所 汽車製造日本車輌製造川崎造船所新潟鐵工所、九州車輌
製造年 1927年(昭和2年) - 1931年(昭和6年)
製造数 3,429両
消滅 1969年(昭和44年)
主要諸元
車体色
軌間 1,067 mm
全長 8,930 mm
全幅 2,740 mm
全高 2,225 mm
荷重 17 t
実容積 42.3 m3
自重 9.1 t - 9.5 t
換算両数 積車 2.2
換算両数 空車 1.0
走り装置 一段リンク式
車輪径 860 mm
軸距 4,200 mm
最高速度 65 km/h
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国鉄トラ1形貨車(こくてつトラ1がたかしゃ)は、かつて鉄道省及び1949年(昭和24年)6月1日以降は日本国有鉄道(国鉄)に在籍した無蓋貨車である。

概要[編集]

1927年(昭和2年)度に日本初の17トン積み二軸車としてト35000形1,000両(ト35000 - ト35999)が汽車製造日本車輌製造川崎造船所新潟鐵工所、九州車輌の5社にて製造された。

その後の1928年(昭和3年)10月1日に施行された車両形式称号規程改正によりト35000形はトラ1形と改められ全車改番標記(トラ1 - トラ999)された。トラ1形となった後にも1931年(昭和6年)度までに2,400両(トラ1000 - トラ3400)増備が上記5社にて続けられた。戦時中は鶴見臨港鉄道南海鉄道(旧阪和電気鉄道)が買収国有化され2社が保有していた25両が本形式に編入(トラ3401 - トラ3425)された。また二車現存による改番車が4両(トラ3426 - トラ3429)ある。以上合計3,429両(トラ1 - トラ3429)が在籍した。

従来、標準型無蓋車として15トン積みのト21600形(後のトム1形)、ト24000形(後のトム5000形、トム16000形)が製作されてきたが、これらは側板を固定し、車体中央部に観音開きの鋼製開き戸を設けた形態であった。これらは、車体長の割に容積が大きく、輸送力増強に寄与したものの、側面が全開しないため、木材や車両の輸送には不適であった。これらの欠点を解決するため開発されたのが、本形式である。具体的には、陸軍から野砲の輸送を要請されたのが契機であったという。

1938年(昭和13年)から1939年(昭和14年)にかけて、陸軍の要請により18両が中国中支方面に標準軌改軌の上送られたが、その後の消息は不明である。

本形式は、荷台に長さ2の長尺物を直列に2個積むことができるように設計され、荷台の内法は、長さ8,130mm、幅2,480mm、あおり戸高さ850mm、妻板高さ1,150mm、床面積19.9m2で、車体は木製である。あおり戸は片側2枚で、中央部の側柱は固定式であったが、長尺物の積載に支障したため、次級のトラ4000形では取り外し式に変更された。その他の主要諸元は、全長8,930mm、全幅2,740mm、容積42.3m3、軸距4,200mm、自重9.1 - 9.5tである。

走り装置は一段リンク式で、最高運転速度は65km/hである。戦後の1948年(昭和23年)4月の調査では3,205両が残存していたが、経年25年を過ぎたあたりから廃車が始まり、1968年10月1日国鉄ダイヤ改正では高速化不適格車とされ、識別のため符号「ロ」が標記された。この時点の残存車はわずか2両で、1969年(昭和44年)度に形式消滅となった。

形式間改造[編集]

ウ500形[編集]

ウ500形豚積車の一部は、本形式の改造名義で製作された。1959年(昭和34年)に新津工場で25両、長野工場で25両の計50両(ウ700 - ウ749)が、1963年(昭和38年)には新津工場にて20両(ウ750 - ウ769)が製造された。

チ1000形[編集]

1959年(昭和34年)8月8日通達 工修第1021号昭和34年度貨車整備工事改造により本形式より50両が多度津工場にて改造されチ1000形に編入(チ1050 - チ1099)された。

セラ1形[編集]

1959年、セラ1形の改造種車となっているが、輪軸、ブレーキシリンダ、連結器等の部品を流用した程度で、台枠、ホッパ等は新製されている。

譲渡[編集]

1948年(昭和23年)8月に、1両(トラ3131)が高松琴平電気鉄道に譲渡され、13000形(1310)となった。当車は車軸を交換して標準軌改軌されている。11000形同様に電車用の制御車とされる計画があったが、部品不足により延期となり、そのまま立ち消えとなった。当車は、2012年(平成24年)時点も車籍を保持したまま仏生山駅構内に留置されている。

1950年(昭和25年)12月26日および1953年(昭和28年)9月に、4両(トラ775, トラ1478, トラ1995, トラ2272)が三井芦別鉄道に譲渡され、トラ1形(トラ1 - トラ4)となった。1964年(昭和39年)10月に、トラ1, トラ2, トラ4は廃車された。

1961年(昭和36年)に、3両(トラ349, トラ1017, トラ1335)が倉敷市交通局(現在の水島臨海鉄道)に譲渡され、トラ71形(トラ73 - トラ75)になった。

同形車[編集]

鶴見臨港鉄道トラ1001形[編集]

トラ1001形は、鶴見臨港鉄道が1928年(昭和3年)11月から1929年(昭和4年)2月にかけて、10両(トラ1001 - トラ1010)を日本車輌製造支店で製造した同形車である。1943年(昭和18年)7月1日の戦時買収により国有化され、トラ1形(トラ3401 - トラ3410)に改称された。

阪和電気鉄道トラ900形[編集]

トラ900形は、阪和電気鉄道が日本車輌製造で15両を製造した同形車である。1931年に5両(トラ901 - トラ905)、1934年(昭和9年)に10両(トラ906 - トラ915)が落成した。1944年(昭和19年)5月1日の戦時買収にともない国有化され、本形式のトラ3411 - トラ3425に改称された。

参考文献[編集]

  • 竹田辰男「阪和電気鉄道史」1989年、鉄道史資料保存会刊 ISBN 4-88540-061-9
  • 貨車技術発達史編纂委員会 編「日本の貨車―技術発達史―」2008年、社団法人 日本鉄道車輌工業会刊
  • 渡辺一策「RM LIBRARY 124 鶴見線貨物回顧」2009年、ネコ・パブリッシング刊 ISBN 978-4-7770-5271-4
  • 吉岡心平「プロフェッサー吉岡の貨車研究室 第39回」レイルマガジン 2010年10月号(No.326)

関連項目[編集]