土井利延

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
土井 利延
時代 江戸時代中期
生誕 享保8年11月17日1723年12月14日
死没 延享元年7月17日1744年8月24日
改名 弁之助(幼名)、利延
戒名 諦了院殿前大倉令真誉寂照堪然大居士
墓所 佐賀県唐津市の神田岡口
佐賀県唐津市西十人町の来迎寺
官位 従五位下、大炊頭
幕府 江戸幕府
肥前国唐津藩
氏族 土井氏
父母 父:土井利清、母:土井利益の娘
養父:土井利実
兄弟 利延利里
なし
養子:利里

土井 利延(どい としのぶ)は、肥前唐津藩の第3代藩主。土井家宗家7代。

享保8年(1723年)、分家で5000石を領した大身旗本土井利清の長男として生まれる。唐津藩の先代藩主である土井利実の長男の利武が享保18年(1733年)に早世したため、利実の養子として迎えられる。元文元年(1736年)、利実の死去により家督を継ぐ。

元文2年(1737年)12月、従五位下・大炊頭に叙位・任官する。しかし年少のため、家老の土井内蔵が政務を代行した。延享元年(1744年)に死去した。享年22。跡を弟で養子の利里が継いだ。