土佐七雄

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土佐七雄(とさしちゆう)は、室町時代末期から戦国時代にかけて土佐国に存在した7つの豪族の総称。

土佐七雄の成り立ち[編集]

土佐国は古来より罪人などが流される地であり、北を四国山脈に塞がれ、南は太平洋に面しているため、どこにも行けぬ陸の孤島であった。南北朝時代に細川頼益が守護代として入国し安定を見せたが、応仁の乱により細川氏が衰退すると、在地の豪族達が勢力を伸ばし始めた。これが土佐七雄である。

豪族一覧[編集]

  • この他、香宗我部氏の代わりに香美郡の山田氏を入れる場合もある。
  • 幡多郡16000貫を領する土佐一条氏は土佐下向後も土佐国司正二位の家格を誇り、七雄の別格的存在である。