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土佐礼子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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土佐礼子(本名:村井礼子) Portal:陸上競技
Osaka07 D9M Tosa postrace.jpg
2007年世界陸上大阪大会・女子マラソン
選手情報
フルネーム 土佐礼子(本名:村井礼子)
国籍 日本の旗 日本
種目 長距離走マラソン
所属 三井住友海上
生年月日 (1976-06-11) 1976年6月11日(42歳)
生誕地 愛媛県松山市(旧北条市
身長 167cm
自己ベスト 5000m:15分37秒08(2000年)
10000m:32分07秒66(2005年)
ハーフマラソン:1時間09分36秒(1999年)
マラソン:2時間22分46秒(2002年)
 
獲得メダル
女子 陸上競技
世界陸上選手権
2001 エドモントン 女子マラソン
2007 大阪 女子マラソン
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土佐 礼子(とさ れいこ、戸籍名:村井 礼子・旧姓:土佐、1976年6月11日 - )は、日本の女子陸上競技元選手。専門は長距離走マラソン

人物

愛媛県松山市(旧北条市)出身。三井住友海上火災保険(旧・三井海上火災保険)所属。

オリンピックでは、2004年のアテネオリンピック(5位入賞)、2008年の北京オリンピック(途中棄権)と、2大会連続で女子マラソン日本代表選手として出場を果たす。また世界陸上選手権には、2001年のエドモントン大会と2007年の大阪大会にもそれぞれ女子マラソンに出走し、世界陸上2大会共にメダル(銀・銅)を獲得した。

2009年3月の東京マラソン出走を区切りに、選手活動を一旦退くことを発表。2010年4月、第1子を出産。2012年3月の名古屋ウィメンズマラソンを最後に、現役を引退した。その後2013年に第2子を出産し、現在は2児の母親。

経歴

大学卒業まで

  • 北条市立河野小学校、北条市立南中学校を経て、愛媛県立松山商業高等学校に進学。
  • 松山商で竹本英利監督に出会い、陸上競技に取り組む(大平美樹も土佐と同じ松山商の5年後輩で、その後三井住友海上入りとなる)
  • 1993年 愛媛県高校総体3000Mで優勝
  • 1994年 全国高校選手権5000Mに出場。45位に入る
  • 1995年 全国都道府県対抗女子駅伝6区に出場し、区間39位
  • 1996年 日本インカレ5000M・10000Mに出場。5000Mは27位、10000Mは周回遅れで中止に終わった
  • 1997年 中四国インカレ5000M3位
  • 初マラソンは松山大学在学中の1998年2月に行われた、土佐の地元の愛媛マラソンだった。記録は平凡ながらもいきなり初優勝を果たしている。
  • 1999年 松山大学人文学部英語英米文学科卒業。

大学卒業後〜アテネ五輪

  • 大学卒業後、竹本監督の順天堂大学時代の先輩の鈴木秀夫が監督を務める三井海上(当時)へ入社。
  • 1999年7月札幌国際ハーフマラソンで6位に入り、同年10月世界ハーフマラソン選手権イタリアパレルモ)日本女子代表に選出される。その世界ハーフの本番レースでも快走をみせ、1時間9分36秒で6位入賞(日本女子トップは2位の野口みずき)。
  • 社会人初のマラソン出走となった2000年3月名古屋国際女子マラソン大会では、優勝して2000年シドニーオリンピック代表となった高橋尚子の22Km過ぎからのスパートにはついていけず、2分以上の大差をつけられたが2位に入って2時間24分台の好記録をマークした(当時女子マラソン日本歴代4位)。
  • 同年11月東京国際女子マラソンでも、優勝したジョイス・チェプチュンバ(シドニー五輪銅メダリスト)に27.5Km地点から引き離されて2位となるが、世界陸上選手権女子マラソン代表の内定条件を満たし、世界陸上代表に初めて選出された。
  • 2001年8月の世界陸上エドモントン大会では、優勝したリディア・シモンの残り1kmのラストスパートには対応出来ず、惜しくも5秒及ばなかったが2位でゴール、銀メダルを獲得した。
  • 2002年4月ロンドンマラソンでは、4位ながらも2時間22分台のタイムでゴール。マラソンの自己最高記録を更新、当時日本歴代3位の好記録をマークした(優勝は当時初マラソン世界最高記録をマークしたポーラ・ラドクリフ)。
  • その後は足の故障続きで走れない日々が続いたが、アテネオリンピック最終選考レースの2004年3月の名古屋国際女子マラソンで、約2年ぶりにフルマラソンに出走した。後半の30km過ぎ、田中(現姓・大島)めぐみが土佐を引き離し独走したが失速。終盤37km付近で土佐が逆転し、アテネ五輪女子マラソン選考会のゴールタイムでは最速の2時間23分台で優勝を果たした。
  • 土佐の優勝により、野口みずき(内定済み)・坂本直子・高橋尚子の3名で決まりかけていたアテネ五輪女子マラソン代表選考は紛糾。結果代表に選出されたのは野口・土佐・坂本の三人(補欠千葉真子)で、選考大会で優勝出来ずタイムもレース内容も悪かったシドニー五輪金メダリストの高橋尚子が、アテネ五輪代表から落選となった。しかし、この日本陸連の下した決断は物議を醸した。
  • 2004年8月、アテネ五輪女子マラソンでは、優勝・金メダルを獲得した野口みずきの中盤からのロングスパートについていけず、惜しくも五輪メダル獲得は逃したものの、5位入賞でゴールした(坂本直子も7位入賞、日本女子代表は3人共に8位以内の入賞を果たした)。

アテネ五輪後〜北京五輪

  • 2004年12月15日タヒチで、松山大学の先輩の村井啓一と結婚。結婚後も競技を続け、2005年5月の静岡国際陸上で10000mに出場、32分07秒66という自己新記録をマークした。
  • 2006年4月、アテネ五輪以来1年8か月ぶりのフルマラソンとなるボストンマラソンに出走。優勝したリタ・ジェプトゥーらには一歩及ばなかったが、3位でゴール。
  • 同年11月、東京国際女子マラソンに6年ぶりに出走。前年優勝者で過去2度五輪代表を争った高橋尚子と、2000年3月の名古屋以来6年8か月ぶりの直接対決となった。悪天候の中、土佐は終始レースを支配する展開で高橋に競り勝ち、2年8か月ぶりにフルマラソン優勝を果たす。世界陸上選手権女子マラソン代表の内定条件(2時間26分以内)には届かなかったが、優勝した事が評価されて6年ぶりの世界陸上代表に選出された。
  • 2007年9月2日、世界陸上大阪大会女子マラソンにおいて、38km過ぎで5位に落ちるも、驚異的な粘りで40km過ぎまでに2選手を抜き3位でゴール、銅メダルを獲得。日本陸上競技連盟の選考基準に基づき、2008年北京オリンピック女子マラソン代表に内定した(他日本代表選手は野口みずき・中村友梨香)。
  • 2007年12月27日、この年創設された日本陸連アスレティック・アワードで初代アスリート・オブ・ザ・イヤーに選出される。
  • 2008年8月17日、北京五輪女子マラソンでは、右足の外反母趾の痛みを抱えながらの強行出場となったが、17km付近で先頭集団から脱落。結局足の激痛が響いて、25.2km地点でリタイアとなった(野口は欠場、中村は13位に終わり、日本女子代表は3人共メダル・入賞はならなかった)。
    • なお土佐が現役引退後にNHKの「クローズアップ現代」で自ら、北京五輪女子マラソンで途中棄権した理由を無月経による疲労骨折だったと打ち明け、「12年位一度も生理が来なかった。どういう骨の状態なのかをもし分かっていれば、競技人生が違っていたと思う」とコメントしている[1]

北京五輪以降

記録(マラソン全成績)

年月 大会 順位 記録 備考
1998年02月 愛媛マラソン 優勝 2時間54分47秒 初マラソン、マラソン初優勝
2000年03月 名古屋国際女子マラソン 2位 2時間24分36秒 .
2000年11月 東京国際女子マラソン 2位 2時間24分47秒 .
2001年08月 世界陸上エドモントン大会女子マラソン 2位 2時間26分06秒 銀メダル獲得、団体戦日本女子金メダル獲得
2002年04月 ロンドンマラソン 4位 2時間22分46秒 自己最高記録、当時日本歴代3位(現在7位)
2004年03月 名古屋国際女子マラソン 優勝 2時間23分57秒 マラソン2度目の優勝
2004年08月 アテネオリンピック女子マラソン 5位 2時間28分44秒 五輪5位入賞
2006年04月 ボストンマラソン 3位 2時間24分11秒 .
2006年11月 東京国際女子マラソン 優勝 2時間26分15秒 マラソン3度目の優勝
2007年09月 世界陸上大阪大会女子マラソン 3位 2時間30分55秒 銅メダル獲得、団体戦日本女子銅メダル獲得
2008年04月 北京プレオリンピックマラソン 4位 2時間46分26秒 オリンピックマラソンコース試走
2008年08月 北京オリンピック女子マラソン DNF 記録無し 故障により、25Km付近で途中棄権
2009年03月 東京マラソン2009 3位 2時間29分19秒 区切りのレース
2012年02月 愛媛マラソン -位 2時間41分40秒 オープン参加のため順位無し
2012年03月 名古屋ウィメンズマラソン 40位 2時間43分11秒 現役ラストラン

土佐のフルマラソンの成績は、自己最高記録こそ同僚の渋井陽子には負けるが、渋井の成績が順位と記録の変動が大きいのに対して、土佐の成績は北京五輪・名古屋ウィメンズマラソンを除いて常に5位以内でゴールし、また愛媛マラソン(2回)・北京プレオリンピックマラソン・北京五輪・名古屋ウィメンズマラソンを除けば2時間30分台以内の記録で走っており、安定感では土佐の方が渋井を上回っていた。

脚註

関連書籍

  • 『確実に完走できる!マラソン 走りの実力に合わせて、無理なくレベルアップ! (実用BEST BOOKS)』(鈴木秀夫(監修)、日本文芸社、2006/11、土佐礼子・渋井陽子を写真モデルとして掲載、ISBN 978-4537204964)

関連項目