土田浩

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土田 浩(つちだ ひろし、1931年12月10日[1] - 2009年8月28日)は、日本政治家酪農家満州出身。酪農学園大学[要出典]青森県六ヶ所村村長(1989年-1997年)。

人物[編集]

山形県立酒田東高等学校卒業後、18歳で青森県上北郡六ヶ所村の「荘内地区」に入植。酪農業を手がけ、青森県酪農協会連合会会長や庄内酪農協同組合理事長も務めた。1975年から六ヶ所村村議会議員を連続4期務め、1989年に核燃料サイクル施設の工事凍結を公約に六ヶ所村長選挙に無所属で出馬し六ヶ所村長に初当選。以後連続2期8年を務めた。村長就任後は、使用済み核燃料再処理工場など核燃料サイクル事業推進へ方針転換し、ITER(国際熱核融合実験炉)の誘致にも関わった[2]

3選を目指した1997年の村長選で落選し、引退。2009年8月28日、膵臓がんのため死去。77歳没[2]

受賞歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年、813頁。
  2. ^ a b “過去の訃報(2009年)”. デーリー東北. http://cgi.daily-tohoku.co.jp/cgi-bin/kurashi/huho/huho2009.htm 2013年12月16日閲覧。 

参考文献[編集]

  • 明石昇二郎『六ヶ所「核燃料」村長選』野草社、1990年。
  • 寺光忠男『青森六ヶ所村』毎日新聞社、1991年。
  • 『新訂 現代政治家人名事典 : 中央・地方の政治家4000人』日外アソシエーツ編集・発行、2005年。