在ドミニカ共和国日本国大使館

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在ドミニカ共和国日本国大使館
Embajada del Japón en la República Dominicana
所在地ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国サントドミンゴ
住所サントドミンゴ市ウィンストン・チャーチル通りスペイン語版英語版1099番地アンドレス・フリオ・アイバル通りシティグループタワー21階
エンサンチェ・ピアンティーニ英語版アクロポリスセンター
座標北緯18度28分10.7秒 西経69度56分22.5秒 / 北緯18.469639度 西経69.939583度 / 18.469639; -69.939583座標: 北緯18度28分10.7秒 西経69度56分22.5秒 / 北緯18.469639度 西経69.939583度 / 18.469639; -69.939583
大使牧内博幸
管轄ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
ウェブサイトwww.do.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/

在ドミニカ共和国日本国大使館スペイン語: Embajada del Japón en la República Dominicana / Embajada de Japón en la República Dominicana英語: Embassy of Japan in the Dominican Republic)は、ドミニカ共和国首都サントドミンゴにある日本大使館2016年7月19日より、牧内博幸特命全権大使を務めている[1]

沿革[編集]

  • 1934年11月、日本とドミニカ共和国の外交関係が正式に樹立される[2]
  • 1941年12月、ドミニカ共和国と大日本帝国の国交が断絶[2]
  • 1945年8月15日、第二次世界大戦の敗戦により大日本帝国が崩壊[3]
  • 1952年4月12日、来たる日本国の独立に先駆けて「在外公館の名称及び位置を定める法律」が制定され、シウダー・トルヒージョ(シウダー・トルヒリオ)に在ドミニカ共和国日本国公使館を設置することが定められる[4]
  • 1952年4月28日、サンフランシスコ平和条約の発効により日本国が独立、ドミニカ共和国も同条約締結国のうちの一国[5]
  • 1952年6月、日本とドミニカ共和国の外交関係が再開される[2]
  • 1957年5月15日、シウダー・トルヒージョの公使館が在ドミニカ共和国日本国大使館に昇格する[6]
  • 1961年11月23日、シウダー・トルヒージョがサントドミンゴに改称される[7]

住所[編集]

所在地[編集]

日本語 サントドミンゴ市ウィンストン・チャーチル通りスペイン語版英語版1099番地アンドレス・フリオ・アイバル通りシティグループタワー21階
エンサンチェ・ピアンティーニ英語版アクロポリスセンター[8][9]
スペイン語 Avenida Winston Churchill Nº 1099, Calle Andrés Julio Aybar, Torre Citigroup Piso 21, Acrópolis Center, Ensanche Piantini, Santo Domingo[8]

私書箱[編集]

Apartado Postal 9825, Santo Domingo[8]

出典[編集]

  1. ^ 韓国大使に長嶺氏起用  :日本経済新聞
  2. ^ a b c ドミニカ共和国基礎データ | 外務省
  3. ^ 山田朗「日本の敗戦と大本営命令」『駿台史学』第94号、明治大学史学地理学会、1995年3月、 132-168頁、 ISSN 05625955NAID 120001439091
  4. ^ 法律第八十五号(昭二七・四・一二) | 日本国衆議院
  5. ^ VI 平和条約の批准・発効
  6. ^ 長谷川隼人「岸内閣の対外経済戦略におけるラテン・アメリカ: 日本人海外移民政策を利用した対中南米経済外交の模索」(一橋大学法学部2010年)、p.158
  7. ^ Hoy Digital - Sobre el nombre de nuestra ciudad (スペイン語)
  8. ^ a b c 在ドミニカ共和国日本国大使館連絡先 : 在ドミニカ共和国日本国大使館
  9. ^ ドミニカ共和国の「21階」は、日本やアメリカ合衆国で言うところの22階に相当する。

関連項目[編集]