坂戸 (川崎市)

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坂戸
かながわサイエンスパーク(R&D棟)
坂戸の位置(神奈川県内)
坂戸
坂戸
坂戸の位置
北緯35度35分35.94秒 東経139度37分25.96秒 / 北緯35.5933167度 東経139.6238778度 / 35.5933167; 139.6238778
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Kawasaki, Kanagawa.svg 川崎市
高津区
面積
 • 合計 0.5294km2
人口
2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 • 合計 8,985人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
213-0012[3]
市外局番 044 (川崎MA)[4]
ナンバープレート 川崎

坂戸(さかど)は、神奈川県川崎市高津区町名。現行行政地名は坂戸一丁目から三丁目で、1991年(平成3年)11月25日住居表示が施行されている[5]郵便番号は213-0012[3]2010年国勢調査時点での面積は53.9 haである[1]

地理[編集]

高津区の東部に所在し、全域が多摩川沖積低地となっている[6]。一帯はミツトヨなどの工場が立ち並ぶほか、かつての池貝鉄工の跡地はかながわサイエンスパーク(KSP)として起業・研究開発の拠点となっている[7]。その他に、住宅も立ち並んでいる。

坂戸の南東端を第三京浜道路が通り、京浜川崎インターチェンジが、隣接する末長にかけて所在している[8]

坂戸は北端で旧平瀬川[9]を境界として二子・北見方と、東端で中原区上小田中と、南端で末長と、西端で久本・溝口と接している(特記のない町域は高津区)。

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、坂戸2-7-18の地点で26万9000円/m2となっている。[10]

歴史[編集]

当地には条里制の遺構が残るが[6]、文献での初出は1325年正中2年)の「関東下知状」で、「稲毛新庄坂戸郷」という形で登場する[6]1352年正平7年)の「足利尊氏充行下文」には「稲毛庄坂郷」とあり[6]、「新編武蔵風土記稿」ではこれを元にかつて坂土と書いたとしているが[9][11]、上述のように、それ以前に坂戸と書かれた例があるので、これは単なる誤記であろうと考えられている[9][12]

江戸時代初期の当地は天領であったが、徳川家継の死に伴い、有章院殿御霊屋料として増上寺領となった[9]。村は、正保年間の「武蔵田園簿」で2928斗あまり、「元禄郷帳」では331石1斗あまり[6]1838年天保9年)の「志村家文書」では336石1斗あまり[13]、幕末の「旧高旧領取調帳」では331石あまり[14]というように推移していた。ほとんどが水田であり、米と麦の二毛作が行われていた[14]。用水としては、二ヶ領用水の分流である根方堀が当地を潤していた[15][11]。「新編武蔵風土記稿」では民家57軒[11]

明治維新以降は、行政上高津村→高津町川崎市と推移していった。明治から大正にかけては、商工業への従事者が出て農業人口こそ減ったものの、当地は純粋な農村であったが[16]昭和10年代に、南部の湿地帯を杭打ちで固めた土地へ池貝鉄工所が進出したり[9]、三豊製作所(現:ミツトヨ)など他の会社も当地に工場を構えた[8]結果、当地は大きく変化を遂げていった。残った農地にも、戦後には宅地化の波が押し寄せ[8]第三京浜道路の開通後には農村風景が一掃されてしまった[7]

1980年代に池貝鉄工は茨城県へと移転していったが、その跡地には民間事業者の能力の活用による特定施設の整備の促進に関する臨時措置法(民活法)の適用第1号事例としてかながわサイエンスパークが開設された[7]。かながわサイエンスパークでは、研究開発型企業の起業支援や、神奈川科学技術アカデミーとも連携した産官学共同の科学技術研究が行われている。

地名の由来[編集]

いくつかの説が考えられているが、正確なところはわかっていない[6][9]

  • 「砂地」を意味する「スカド」から転じた[6]
  • 現在の埼玉県坂戸市から移り住んだ人たちが、本貫の地名を付けた[6]
  • 「多摩川の下流にある場所」という意味合いの「サガド」から転じた[14]

沿革[編集]

町域の新旧対照[編集]

坂戸が住居表示を施行する前のは、以下のようになっていた[20]。なお、特記のない字はその一部が現町丁に含まれている。

現町丁 住居表示施行前の字
坂戸一丁目 坂戸字上居村、久本字鴛鴦ヶ町
坂戸二丁目 坂戸字上居村・字下居村・字新田耕地、上小田中字上耕地
坂戸三丁目 坂戸字溝下耕地の全部、坂戸字窪田耕地・字三町歩耕地・字下居村・字新田耕地

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
坂戸一丁目 1,354世帯 2,538人
坂戸二丁目 1,216世帯 2,572人
坂戸三丁目 1,869世帯 3,875人
4,439世帯 8,985人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[21][22]

丁目 番地 小学校 中学校
坂戸一丁目 1番3~10号
6番1〜2号
6番31号~最終号
川崎市立久本小学校 川崎市立高津中学校
1番1~2号
1番11号~最終号
2~5番
6番3~30号
7~17番
19番以降
川崎市立坂戸小学校
18番 川崎市立東高津中学校
坂戸二丁目 1~18番16号
19番以降
18番17号~最終号 川崎市立大谷戸小学校 川崎市立西中原中学校
坂戸三丁目 1番 川崎市立坂戸小学校 川崎市立高津中学校
2番以降 川崎市立東高津中学校

交通[編集]

鉄道[編集]

南武線とわずかに接している(武蔵新城駅 - 武蔵溝ノ口駅間)が、当地に駅はない。

バス[編集]

溝の口駅とKSPを結ぶシャトルバス(溝の口駅前)

当地に路線バスは通っていないが、かながわサイエンスパークと溝の口駅を結ぶ無料シャトルバスが運行されており、一部時間帯を除いて誰でも乗車可能[23]なほか、近隣のバス停から路線バスを利用することもできる。

道路[編集]

京浜川崎IC入口(東京方面は当地に所在)

施設[編集]

ミツトヨの本社・溝の口工場

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 町丁別面積(総務省統計局「地図で見る統計(統計GIS)」の数値)”. 川崎市 (2015年10月26日). 2018年2月15日閲覧。
  2. ^ a b 町丁別世帯数・人口”. 川崎市 (2018年1月25日). 2018年2月15日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月15日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月15日閲覧。
  5. ^ 区別町名一覧表(高津区)”. 川崎市 (2011年11月17日). 2012年10月18日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i 川崎地名辞典(上)』 p.349。
  7. ^ a b c たちばな地名探訪』 p.189
  8. ^ a b c d 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』 p.409。
  9. ^ a b c d e f 川崎の町名』 p.167。
  10. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  11. ^ a b c 新編武蔵風土記稿 坂戸村.
  12. ^ 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』 p.408では、同文献の記載についても「稲毛庄内坂郷」としている。
  13. ^ a b 川崎地名辞典(上)』 p.350。
  14. ^ a b c 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』 p.408。
  15. ^ 川崎地名辞典(上)』 pp.352-353。
  16. ^ 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』 pp.408-409。
  17. ^ ミツトヨの歩み”. ミツトヨ. 2012年3月20日閲覧。
  18. ^ 会社沿革”. 池貝. 2012年3月20日閲覧。
  19. ^ 会社概要・沿革”. ケイエスピー. 2012年3月20日閲覧。
  20. ^ 住居表示新旧対照案内図 No.60 坂戸1, 2, 丁目 川崎市、1991年。
  21. ^ 川崎市立小学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。
  22. ^ 川崎市立中学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。
  23. ^ KSPシャトルバス ご利用案内”. ケイエスピー. 2012年3月20日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『川崎の町名』日本地名研究所 編、川崎市、1995年。
  • 『川崎地名辞典(上)』日本地名研究所 編、川崎市、2004年。
  • 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』角川書店、1984年。
  • 前川清治『たちばな地名探訪』労働教育センター、1997年。ISBN 4-8450-0283-3。
  • 「坂戸村」『新編武蔵風土記稿』巻ノ64橘樹郡ノ7、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763984/18