堀内寿郎

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堀内 寿郎(ほりうち じゅろう、1901年9月17日 - 1979年6月27日)は日本の理学博士である。化学反応速度論触媒研究に大きく貢献した科学者である。

生涯[編集]

1901年に北海道札幌市に生まれる。東京府立第一中学校(現東京都立日比谷高等学校)などを経て、1921年東京帝国大学理学部化学科に入学。在学時代から触媒の研究をはじめ、理化学研究所物理学の先駆者と位置付けられる片山正夫の研究室で有機溶媒に対する気体の溶解度を研究した。1925年に大学を卒業した後、1931年に英文の重要な基礎データになった測定結果を発表する。

1932年に欧州にわたり研究活動を行う。ドイツゲッティンゲン大学でオイケン教授の下で分子振動の研究を行う。当時フリッツ・ハーバー研究所所長だったマイケル・ポランニーと共に、1933年にイギリスマンチェスター大学に名誉研究員として渡り、水素電極反応の研究を行った。この背景にドイツはアドルフ・ヒトラーが政権を取ったこともあった[1]

1935年に帰国して、北海道帝国大学理学部の教授に就任する。1940年に化学反応速度論の理論及実験的研究により日本学士院の恩賜賞を受賞。1943年に北海道大学触媒研究所(現・北海道大学触媒科学研究所)を設立して、主に反応速度論の研究を行う。水素電極反応、エチレン水素添加化学量数概念などについて重要な研究を行い、結果として化学反応速度論、触媒化学研究の方法の確立に大きく貢献した。

1948年から1965年まで北海道大学触媒研究所所長を務める。その後、1967年から1971年まで北海道大学学長を務める。

1940年、化学反応速度論の理論および実験的研究の功績が認められて、湯川秀樹らと共に第30回恩賜賞を受賞する。1964年、北海道大学を定年退官する。

主要論文[編集]

脚注[編集]

著書[編集]

  • 「一科学者の成長」、1972年 ISBN 4-8329-0701-8