夏侯湛

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夏侯湛(かこう たん、243年 - 291年)は、西晋時代の政治家・文学者。孝若

父に当たる夏侯荘は(曹魏)の元勲夏侯淵の四男・夏侯威の子。夏侯湛は夏侯淵の曾孫に当たる。夏侯湛の母は羊徽瑜司馬師の妻)の従姉妹。夏侯湛の姉妹の夏侯光姫も東晋元帝・司馬睿の生母で、夏侯湛は魏皇族でありながら晋皇室とも縁の深い人物であった。太子舎人・尚書郎・野王県令・中書郎・南陽王の相を歴任し、恵帝の時、散騎常侍に上った。

大変な美形で、潘岳とともに「連璧」の異称を得ており、潘岳とは仲がよくいつも連れ立っていた。

西晋時代一流の文化人でもあり多くの書・伝記を残し、魏の歴史書である『魏書』を完成させてもいる。曽祖父にあたる夏侯淵の子孫の事跡が皇室以外の同時代の著名人よりも克明になっているのも夏侯湛の『魏書』による所が大きい。しかし陳寿によって編纂された魏志(三国志)をみて、その魏書を引き破りそれきり筆をおってしまったという。

作品[編集]

  • 抵疑
  • 長夜謡
  • 秋可哀
  • 昆弟誥
  • 周詩
  • 辛憲英伝
  • 張平子碑
  • 管仲像賛
  • 東方朔画賛
  • 魏書