外道

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外道(げどう、サンスクリット語: tīrthikaパーリ語: titthiya)とは、仏教用語で、悟りを得る内道(ないどう)に対する言葉である。経典によっては「異道・邪道」などとも呼ばれる。

転じて、一般に道に外れた人全般も意味する。

インドにおける本来の意味は渡し場・沐浴場・霊場を作る人のことで、一派の教祖を意味する。外道という漢訳語の原語にあたる言葉としては、他の教えを語る者(parapravādin)と、他の宗派の僧・教祖(anyatīrthya)がある。

パーリ経典に登場する沙門[1] (六師外道)
(沙門果経より[2])
沙門[1] 論(思想)[2]
プーラナ・カッサパ 道徳否定論者: 善行や悪行をおこなうことで、報酬を得ることも罰が与えられることも否定する。
マッカリ・ゴーサーラ
(アージーヴィカ教)
決定論者 (宿命論): 私たちは無力であり、苦しみは前もって定められていたものである。
アジタ・ケーサカンバリン(順世派) 唯物論: 幸福に生きよ、死すればすべて無くなるのだから。
パクダ・カッチャーヤナ 不変論 (永遠論):物質、喜び、痛み、魂は永遠であり、それらに相互作用はない。
マハーヴィーラ
(ジャイナ教)
戒律主義: 全ての邪悪を避け、浄化し、祝福せよ[3]
サンジャヤ・ベーラッティプッタ
不可知論: 私はそうは考えない。そうとも、その他の方法も考えない。間違っているのか、間違ってはいないのかも考えない。判断の放棄。

中国や日本においては元来、外道とは、仏教以外の教え、またそれを信奉する人びとを総称した呼称である。もともとインドに仏教が興った紀元前5〜6世紀ごろマガダ国に存在した、ヴェーダの思想から外れた自由思想家たちの中でも極端なものや異教の思想を指して言った。それらをもう少し特定する形で仏教用語では六師外道とも呼ぶ。

仏典では96種(または95種)の外道があるとされる。『薩婆多論』によると六師外道のそれぞれが15種類の異なる弟子の法を出し、師の説と合わせて16種類になるため、6×16で96種類になるというが[4]、『法華文句記』はこの説に反対している[5]

上記の用法から転じて、正論者から見て異論邪説を唱える人たちのことを貶めてこう呼ぶようになった。これがまた転じて日常用語となり、の中でも特に卑劣な者、人の道道徳から外れた者などを罵るために使う言葉になった。


脚注[編集]

  1. ^ a b 水野弘元『増補改訂パーリ語辞典』春秋社、2013年3月、増補改訂版第4刷、p.334
  2. ^ a b DN 2 (Thanissaro, 1997; Walshe, 1995, pp. 91-109).
  3. ^ DN-a (Ñāṇamoli & Bodhi, 1995, pp. 1258-59, n. 585).
  4. ^ 薩婆多毘尼毘婆沙 巻第五』。
  5. ^ 湛然法華文句記 巻第六』。「有人引『多論』云、六師各有十五弟子、并本師六、即九十六也。準『九十六道経』、無此説也。彼論自是一途、豈可六師必定各秖十五弟子。」

関連項目[編集]