多文化社会

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多文化社会(たぶんかしゃかい)は、様々な文化的特徴を有する民族が、お互い多様性を尊重し平等に共存していく社会。これらを積極的に推し進めるべく多文化主義政策を採る代表例がカナダオーストラリアである。一方、中国ロシアのように多くの少数民族が存在する国では、考え方や宗教観のちがいから、民族同士が対等な立場とはならずに深刻な社会問題を抱えるケースも少なくない。

オーストラリア[編集]

現在オーストラリア社会に混在する多民族・多文化の状況。総人口 1750万人のうち、約2割のオーストラリア人は海外で出生したのちにオーストラリアへ移住した人々である。海外出生人口は一般に移民と呼ばれ、これらには多数のインドシナ難民や東欧難民も含まれる。メルボルンアテネに次ぐ世界最大のギリシア人社会であり、これ以外にも巨大なイタリア人社会やレバノン人社会がシドニーに存在している。ベトナムラオスカンボジアによって構成されるインドシナ難民の定住人口は,第2世代を含めて現在 20万人にもなり、アジア系の移住者グループとしては華僑人口とともに最大の勢力をもつ。シドニーメルボルンなど大都市郊外には巨大なベトナム人社会が出現しており、メルボルン市リッチモンド地区ではベトナム人市長も誕生するようになった。こうしてオーストラリアは伝統的なアングロサクソン系社会から多民族社会へと脱皮する過程にあり、社会は多文化 (マルチカルチャー) 状況となっている。巨大なアジア系移民社会を前に、新しい多文化社会を建設する必要に迫られた政府は多文化主義政策を採用するようになった。