多田寺

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多田寺
Tadaji hondou.JPG
多田寺本堂
所在地 福井県小浜市多田27-15-1
位置 北緯35度28分41.7秒
東経135度46分8.3秒
座標: 北緯35度28分41.7秒 東経135度46分8.3秒
山号 石照山(せきしょうざん)
宗派 高野山真言宗
本尊 薬師如来
創建年 (伝)天平勝宝元年(749年
開基 (伝)勝行
正式名 石照山多田寺
札所等 北陸観音霊場 第4番
北陸白寿観音霊場 第2番
若狭観音霊場 第18番
文化財 木造薬師如来立像
木造十一面観音菩薩立像
木造菩薩立像
地図
多田寺の位置(福井県内)
多田寺
法人番号 5210005008616
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多田寺山門

多田寺(ただじ)は、福井県小浜市多田にある高野山真言宗寺院山号は石照山。本尊は薬師如来

歴史[編集]

天平勝宝元年(749年)に孝謙天皇の勅願によって勝行上人が創建したと伝えられ、最盛期には子院12を数えた。本尊を納める厨子寛永11年(1634年)に小浜藩主となった酒井忠勝により寄進されたものである。現在は文化4年(1807年)に再建された本堂が残る。

文化財[編集]

重要文化財
  • 木造薬師如来立像・木造十一面観音菩薩立像・木造菩薩立像(3躯一括指定)[1]
    • 木造薬師如来立像[2][3]
    多田寺の本尊で、平安時代初期の作。像高192.5cm。本体から台座蓮肉まで通してカヤの一木造、薬壺を持たない薬師如来である。下半身部分のY字状の衣文の処理は唐招提寺旧講堂薬師如来像、神護寺薬師如来像などの平安初期彫像に共通する様式である。
    旧日本三大薬師の一つとして主に眼病祈願の参拝客が多い。
    • 木造十一面観音立像[4][3](伝・日光菩薩)
    頭上に菩薩面を表した十一面観音像であるが、当寺では薬師如来の脇侍として日光菩薩と称されている[5]。奈良時代末期から平安時代初期の作。像高154cm。カヤの一木造。胸飾、瓔珞(ようらく)を本体と共木から彫出する点、両足部の衣文構成などに奈良時代の作風がうかがえる。
    • 木造菩薩立像[6][3](伝・月光菩薩)
    薬師如来の脇侍として月光(がっこう)菩薩と称されているが、本来の像名は不明。平安時代初期の作。像高144.2cm。カヤの一木造。
県指定有形文化財
  • 木造阿弥陀如来坐像[7] 3躯
藤原時代の作。桧材割矧造、彫眼、漆箔。像高は各92.5㎝、91.5㎝、144.5㎝。
  • 木造四天王立像[8] 4躯
藤原時代の作。像高は持国天121.6cm、増長天119.5cm、広目天118.8cm、多聞天117.4cm
市指定文化財

⋆本堂

1807年(文化4年)に再建。三間×三間の内陣前に三間×一間の礼堂を設ける[9]
その他

札所[編集]

交通アクセス[編集]

近隣情報[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 昭和42年6月15日文化財保護委員会告示第24号
  2. ^ 木造薬師如来立像(本堂安置) - 国指定文化財等データベース(文化庁
  3. ^ a b c 福井の文化財「木造 薬師如来立像 十一面観音立像 菩薩立像」”. 福井県. 2016年9月19日閲覧。
  4. ^ 木造十一面観音立像(本堂安置) - 国指定文化財等データベース(文化庁
  5. ^ 寺内の立札には「日光十一面観音菩薩」とあるが、本来の像名ではない。
  6. ^ 木造菩薩立像(本堂安置) - 国指定文化財等データベース(文化庁
  7. ^ 福井の文化財「木造 阿弥陀如来坐像」”. 福井県. 2016年9月19日閲覧。
  8. ^ 福井の文化財「木造 四天王立像」”. 福井県. 2016年9月19日閲覧。
  9. ^ 若狭小浜のデジタル文化財