大乗起信論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大乗起信論』(だいじょうきしんろん)[注釈 1]は、大乗仏教に属する論書。二本の漢訳が現存し、著者は馬鳴(アシュヴァゴーシャ)と伝えられているが、中国撰述説もある。

著者[編集]

漢訳本には冒頭に「馬鳴菩薩造」とあり、馬鳴(アシュヴァゴーシャ)作とされる。内容からすると、本書は、ナーガールジュナ(龍樹)やヴァスバンドゥ(世親)らの思想より後のものであることが明白であるので、いわゆる後1、2世紀に活躍し、『ブッダ・チャリタ』(Buddhacarita、仏所行讃)等の著者とされる同名の馬鳴と、本書の著者は別人と考えられる。そのため、本書の著者を後馬鳴と称することもある[2]。インド撰述の他の論書に引用されることがなく、チベット語訳も存在しないため、中国で撰述されたという説もある[2][3]

翻訳[編集]

550年頃(554年説もあり)に真諦によって翻訳された漢訳1巻と、実叉難陀による漢訳2巻がある。実叉難陀訳は、独立した訳ではなく真諦訳本を整理した、一種の改訳と考えられる[4]。そのため、本書の内容を扱う場合、専ら真諦訳が用いられる。古来より中国にて真諦訳を疑う説があるうえ、前述のように、インド撰述の他の論書への引用がなく、他語訳もないため、現代でも中国撰述説を唱える学者がいる。

概要[編集]

本書では、「大乗」(摩訶衍)について「衆生の心がそのまま大乗である」と述べ、「一般平凡な衆生の心に仏性がある」という「如来蔵」思想を説き、「大乗起信」とは、これへの信仰を起こさせるという意味である。本書は大乗仏教に属する論書であるが、本書で言う「大乗」という語は、一般に大乗仏教という場合の「大乗」とは必ずしも内容が同じではない。

本書は全5章構成で、漢訳表記は、因縁分第一、立義分第二、解釈分第三、修行信心分第四、勧修利益分第五となっている。因縁分は「本書述作の動機」、立義分は「大乗という主題の中身と意義」を説く。解釈分はその「詳細な解説」を展開し、修行信心分は「大乗への信仰とその修行」について述べ、勧修利益分は、「修行の勧めと修行の效用」を説く。

本書は、いわゆる般若経などに説かれる自性清浄心と、いわばその発展思想である「如来蔵説」を述べ、これを「本覚」と呼んでいる。阿賴耶識に言及し、唯識説を展開するが、中国や日本の法相宗が主張する唯識説とはやや異なる。

文献学的研究[編集]

高崎直道によれば、『起信論』は漢訳『宝性論』に引用される漢訳『勝鬘経』の文章を用いているが、このような文章は、梵文の『宝性論』にも『勝鬘経』にも見られないという[5]

また、石井公成は、「摩訶衍」という語の用法、および「大乗」と「摩訶衍」の使い分けにおいて 求那跋陀羅訳『勝鬘経』の影響が明確に見られると指摘する[6]

注釈書[編集]

注釈書は数多くあり、中でも慧遠浄影寺)による『大乗起信論疏』2巻(浄影疏)と、元暁による『大乗起信論疏』2巻(海東疏)と、法蔵による『大乗起信論義記』3巻は、特に起信の三疏と言われている。

その他には、『大乗起信論義記』を修正した宗密による『大乗起信論疏』4巻(注疏)や、智旭による『大乗起信論裂網疏』6巻、子エイによる『起信論疏筆削記』などがある。

刊本[編集]

  • 『大正新脩大蔵経 32 論集部』同刊行会編、新装版・大蔵出版

経典校訂[編集]

主な訳注解説[編集]

  • 望月信亨『大乗起信論講述』(金尾文淵堂、1922年)
    • 『講述 大乗起信論』(冨山房百科文庫、1938年)、上記を改訂
  • 衛藤即應『大蔵経講座12 大乗起信論講義』(東方書院、1932年)
  • 宇井伯寿訳注『大乗起信論』(岩波文庫、1936年、復刊1985年ほか)
    • 『宇井伯寿訳註禅籍集成1 大乗起信論』(岩波書店、復刊1990年) 
  • 宇井伯寿・高崎直道訳注『大乗起信論』(岩波文庫、1994年)ISBN 4-00-333081-1。現代語訳と解説を加えた改訂版
  • 平川彰『佛典講座22 大乗起信論』(大蔵出版、1973年、新装版2004年)ISBN 978-4-8043-5450-7
  • 柏木弘雄『大乗とは何か 「大乗起信論」を読む』(春秋社、1991年)ISBN 978-4393132623、現代語訳と詳細な解説。
  • 柏木弘雄『大乗起信論の研究』(春秋社、1981年、新版1991年)、大著
  • 高崎直道『「大乗起信論」を読む』(岩波書店<岩波セミナーブックス35>、1991年)ISBN 4-00-004205-X
    • 『高崎直道著作集 第8巻 大乗起信論・楞伽経』(春秋社、2009年)ISBN 978-4-393-11288-5
    第1部『「大乗起信論」を読む』(改訂版)、第2部『「大乗起信論」研究』を収録。
  • 井筒俊彦『東洋哲学覚書 意識の形而上学―『大乗起信論』の哲学』(中央公論社、1993年/中公文庫、2001年)ISBN 4-12-203902-9
  • 池田魯参『現代語訳 大乗起信論 仏教の普遍性を説く』(大蔵出版、1998年)ISBN 978-4804310473
  • 古賀英彦『訳注 大乗起信論』(思文閣出版、2003年)ISBN 978-4784211302
  • 吉津宜英『大乗起信論新釈』(大蔵出版、2014年) ISBN 978-4804330761
  • 竹村牧男『「大乗起信論」を読む』(春秋社、2017年)ISBN 978-4393113417

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 再構されたサンスクリット名は Mahāyāna śraddhotpādaśāstra[1] (マハーヤーナ・シュラッドーットパーダ・シャーストラ)。

出典[編集]

  1. ^ Hubbard, Jamie (1994, 2008). Original Purity and the Arising of Delusion. Smith College, p.1. Internet Archive
  2. ^ a b 宇井伯寿 『大乗起信論』 岩波文庫、1936年。
  3. ^ 井筒俊彦 『意識の形而上学』 中公文庫、2001年、P.11。
  4. ^ 宇井伯寿・高崎直道 『大乗起信論』 岩波文庫、1994年。
  5. ^ 高崎直道『『大乗起信論』の語法―「依」「以」「故」等の用法をめぐって―』(『早稲田大学大学院文学研究科紀要』37輯、哲学・史学編、1992年2月)p41-p43
  6. ^ 石井公成『『大乗起信論』における「大乗」と「摩訶衍」』駒澤短期大學仏教論集 (12), 2006-10, p293-p289

関係文献[編集]


関連項目[編集]