大内満盛

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大内満盛
時代 鎌倉時代
生誕 不詳
死没 不詳
別名 大内介
官位 周防権介[1]
幕府 鎌倉幕府
氏族 多々良姓大内氏
父母 父:大内弘盛
兄弟 満盛、鰐石盛家[1]、得地遠盛[1]
弘成[1]、貞盛[1]

大内 満盛(おおうち みつもり)は、周防大内氏の第18代当主[1]

生涯[編集]

先代の弘盛の子[2]。大内介を称する[1]。満盛以後は周防権介を称する。建永元年(1206年)に山口白石の宝珠山瑞雲寺を創建した[3]これが後年に激しくなる大内家の山口盆地への進出の端緒となった。[要出典]死後、家督は子の弘成が継いだ[1]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h 御薗生翁甫 1980, p. 15.
  2. ^ 御薗生翁甫 1980, p. 13.
  3. ^ 『錦川居雑録』

参考文献[編集]