大分交通宇佐参宮線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
宇佐参宮線
概要
現況 廃止
起終点 起点:豊後高田駅
終点:宇佐八幡駅
駅数 6駅
運営
開業 1916年3月1日 (1916-03-01)
廃止 1965年8月21日 (1965-8-21)
所有者 宇佐参宮鉄道→大分交通
使用車両 車両の節を参照
路線諸元
路線総延長 8.8 km (5.5 mi)
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
最小曲線半径 120.7 m (396 ft)
電化 全線非電化
最急勾配 18.2
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線(廃止当時)
凡例
exKBHFa
0.0 豊後高田駅
exBHF
封戸駅
exSTRc2 exSTR3
exSTR+1 exSTRc4
exSTRl
exSTR+r
4.0 宇佐駅
STRq
xKRZo
国鉄日豊本線
exSTR+l exSTRr
exhKRZWae
寄藻川
exBHF
6.0 橋津駅
exBHF
宇佐高校前駅
exKBHFe
8.8 宇佐八幡駅
26号蒸気機関車

宇佐参宮線(うささんぐうせん)は、かつて大分県豊後高田市豊後高田駅から日本国有鉄道(国鉄)日豊本線宇佐駅を経て、宇佐神宮のある宇佐八幡駅までを結んでいた大分交通鉄道路線である。

元々、日豊本線から宇佐神宮へのアクセス路線として建設され、大分交通の経営するバス路線と競合するため廃止された。東方面へ更に延伸し、国東線と共に国東半島一周鉄道を形成する計画もあったが、実現せず終わった。

路線データ[編集]

1965年(昭和40年)3月当時

運行概要[編集]

  • 運行本数:豊後高田 - 宇佐八幡間10往復半(他、宇佐八幡 - 宇佐間上り区間列車が1本存在)
  • 所要時間:豊後高田 - 宇佐間11分、宇佐 - 宇佐八幡間12 - 13分

歴史[編集]

宇佐神宮のある宇佐郡宇佐町と国東半島の玄関口にあたる西国東郡高田町を国鉄宇佐駅へ鉄道で結ぶべく地元有志により1911年(明治44年)1月に鉄道敷設申請が提出された。翌1912年(明治45年)5月鉄道免許状が下付されたものの、資金調達が捗らす延長申請が繰り返された。ようやく1914年(大正3年)3月になり宇佐参宮鉄道が設立され、資本金を15万円とし、初代社長に水之江浩[注釈 1][1]が就任した。同年12月工事施工の認可が下りると、1916年(大正5年)3月豊後高田-宇佐-宇佐八幡間が開通した。業績は好調で車両、施設など増強し、真玉及び拝田への路線延長を計画した。1924年(大正13年)に豊後高田より中真玉村までの延長敷設免許を取得したが、地元の豊後高田町が中間駅となることに反対の声を上げ、また桂川の架橋費用の問題もあり1928年(昭和3年)免許失効となる。また宇佐八幡駅より日出生鉄道(豊州鉄道→大分交通豊州線)拝田駅までの延長敷設免許を1928年(昭和3年)に取得すると用地取得、工事着手と順調に進んだが、終点拝田駅の共同使用について豊州鉄道[注釈 2]が不利になるとして難色を示したため協議にならず1930年(昭和5年)鉄道大臣に裁定方を申請するが決着はつかなかった。そうしている間に不況の影響で収益は悪化しついに1935年(昭和10年)に計画は放棄され西国東郡と宇佐郡を結ぶ計画は消滅した。

  • 1912年(明治45年)5月1日 鉄道免許状下付(宇佐郡宇佐町-西国東郡高田町間)[2][3]
  • 1914年(大正3年)3月25日 宇佐参宮鉄道株式会社設立[2]
  • 1916年(大正5年)3月1日 全線開業[2][4]
  • 1924年(大正13年)6月9日鉄道免許状下付(西国東郡高田町-同郡中真玉村間)[5]
  • 1928年(昭和3年)
    • 3月9日 鉄道免許状下付(宇佐郡宇佐町-同郡豊川町間)[6]
    • 5月4日 鉄道免許失効(西国東郡高田町-同郡中真玉村間 指定ノ期限内ニ工事施工ノ認可申請ヲ為ササルタメ)[7]
  • 1932年(昭和7年)2月25日 鉄道免許失効(宇佐八幡起点5492m-終点間 指定ノ期限マテニ実施設計ノ認可申請ヲ為ササルタメ)[8]
  • 1935年(昭和10年)4月17日 鉄道起業廃止許可(宇佐郡宇佐町-同郡豊川村間)[9]
  • 1945年(昭和20年)4月20日 交通統制により、県下の鉄道・バス会社と共に大分交通へ統合
  • 1965年(昭和40年)

駅一覧[編集]

1965年(昭和40年)8月当時

豊後高田駅 - 封戸駅 - 宇佐駅 - 橋津駅 - 宇佐高校前駅 - 宇佐八幡駅

接続路線[編集]

輸送・収支実績[編集]

年度 輸送人員(人) 貨物量(トン) 営業収入(円) 営業費(円) 営業益金(円) その他益金(円) その他損金(円) 支払利子(円) 政府補助金(円)
1915 31,255 359 2,510 2,189 321
1916 244,400 15,451 22,112 20,165 1,947 検査改算減額1,431 14,551 9,199
1917 332,942 25,203 36,879 27,047 9,832 336 雑損金2,566 8,981 8,381
1918 400,310 21,145 36,188 39,967 ▲ 3,779 10,006 12,324
1919 405,176 25,512 49,958 45,453 4,505 積立金繰入1,200 雑損金5,056 4,554 3,835
1920 443,029 24,767 76,097 57,869 18,228 9,958
1921 410,673 22,972 81,199 53,163 28,036
1922 408,265 25,324 83,367 48,861 34,506
1923 439,063 28,603 87,498 54,177 33,321 1,000 5,129
1924 463,903 29,093 86,563 55,864 30,699 準備金繰入1,000 4,547
1925 344,354 20,930 61,529 38,753 22,776 3,167 841
1926 466,093 32,251 87,234 53,282 33,952 7,805
1927 448,417 28,495 81,009 53,137 27,872 自動車1,083 7,896
1928 430,585 33,560 91,774 55,942 35,832 積立金繰入4,756 償却金4,756 7,804
1929 404,585 33,961 88,618 57,540 31,078 自動車669 償却金1,000 6,597
1930 388,437 27,614 84,573 56,904 27,669 自動車806 5,181
1931 321,073 23,015 72,797 44,761 28,036 自動車2,757 4,395
1932 302,603 22,192 67,325 37,018 30,307 自動車8,799 6,146
1933 336,393 25,015 72,563 42,644 29,919 自動車10,617 6,345
1934 342,016 26,246 75,961 42,686 33,275 自動車業20,377 償却金3,282 7,100
1935 361,612 26,299 78,915 41,755 37,160 自動車業31,563 償却金10,117 6,546
1936 390,665 27,113 82,737 46,400 36,337 自動車業27,934 償却金1,266 6,326
1937 457,651 31,211 105,029 54,464 50,565 準備金繰入46,597
自動車業27,768
寄付金10,000
償却金42,021
6,093
1939 609,506 48,370
1941 911,607 55,496
1943 1,157,892 44,690
1945 1,480,671 35,729
1952 930,260 41,810
1958 1,051千 32,266
1963 792千 26,826
  • 鉄道院年報、鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計、国有鉄道陸運統計、地方鉄道軌道統計年報、私鉄統計年報各年度版

車両[編集]

  • 機関車
    • 1-3 1915年大日本軌道製。1941年に1が日本製鋼(広島)へ売却。3が1955年廃車、2が1964年廃車
    • 5 1924年雨宮製作所製Cタンク機関車。製造まもない武州鉄道3を1925年購入[11]。1964年廃車。
    • 1(2代目) 1915年大日本軌道製。熊延鉄道1を1941年に購入。1949年廃車。
    • 26 蒸気機関車 クラウス製(元九州鉄道19→国鉄26
    • D21・22 L形ディーゼル機関車
  • ガソリンカー
    • キハ1-3 1931年合資会社雨宮工場製[注釈 3]後に客車化されハ11-13となる。1952年耶馬渓線に転出
  • ディーゼルカー
    • キハ502「みやばと」(元佐久鉄道キホハ58→国鉄キハ40306)・503「かみばと」(元北九州鉄道ジハ21→国鉄キハ40321) 1966年耶馬渓線に転出
  • 客車
    • ホハフ101-104 ボギー客車。1966年耶馬渓線に転出
    • ハニフ111-114・ハフ115 2軸客車。ハニフ113・114は元九州鉄道、ハフ115は元日本鉄道
  • 貨車
    • ワ1 2軸有蓋貨車
    • ト1 2軸無蓋貨車

脚注[編集]

注釈[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 宇佐郡の大地主で明治23年から明治33年まで県下長者番付筆頭。
  2. ^ 競売にかけられるなど豊州鉄道の社内は混乱していた。
  3. ^ 注文後雨宮製作所が倒産したため合資会社雨宮工場で再起。

出典[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『人事興信録. 4版』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  2. ^ a b c 『地方鉄道及軌道一覧. 昭和18年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 「軽便鉄道免許状下付」『官報』1912年5月4日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ 「軽便鉄道運輸開始」『官報』1916年3月4日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1924年6月11日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1928年3月13日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ 「鉄道免許失効」『官報』1928年5月4日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. ^ 「鉄道免許一部失効」『官報』1932年2月25日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ^ 「鉄道起業廃止」『官報』1935年4月18日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ^ a b c 奈良崎博保「大分交通宇佐参宮線の鉄道営業廃止」『鉄道ファン』No.52
  11. ^ 「宇佐参宮鉄道ヘ機関車譲渡ノ件」『第十門・地方鉄道及軌道・二、地方鉄道・武州鉄道・営業廃止・大正十年~大正十五年』

参考文献[編集]

  • 奈良崎博保・谷口良忠 (1966年). “大分交通国東線・宇佐参宮線”. 鉄道ピクトリアル No. 186 (1966年7月臨時増刊号:私鉄車両めぐり7): pp. 79-95, 104-106. (再録:『私鉄車両めぐり特輯』2、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年
  • 鉄道省 『昭和12年10月1日現在鉄道停車場一覧』 鉄道史資料保存会(1986年覆刻)、東京、1937年、p. 438。ISBN 4-88540-048-1。
  • 『大分交通40年のあゆみ』大分交通、1985年、47-52頁
  • 『大分県交通史』九州交通新聞社、1978年、100-101頁

関連項目[編集]