大原観山

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大原 観山(おおはら かんざん、1818年 - 1875年4月11日)は、伊予国出身の儒者。本名は有恒。通称は武右衛門。

人物[編集]

  • 正岡子規の外祖父にあたる。伊予松山藩士加藤重孝の次男として生まれ、大原家の養子となる。歌原家の長女と結婚し、昌平坂学問所舎長を経て、松山藩藩校明教館教授となる。
  • 明治維新後は、私塾で孫の正岡常規(後の子規)を教えていた。亡くなるまでは丁髷を切ることはなかった。
  • 外交官、貴族院議員の加藤恒忠は三男である。

参考文献[編集]