大垣市立江東小学校

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大垣市立江東小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大垣市
設立年月日 1873年
共学・別学 男女共学
所在地 503-0936
岐阜県大垣市内原3丁目135
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大垣市立江東小学校(おおがきしりつ えひがししょうがっこう)は、岐阜県大垣市にある市立小学校

島里1~3丁目、釜笛1~5丁目、外渕1~4丁目、川口1~4丁目、内原1~3丁目、横曽根町、横曽根1~5丁目、浅草1~4丁目、浅西1~4丁目、浅中1~3丁目、昭和1丁目が校区であり[1]、旧・安八郡洲本村浅草村に該当する。

校区にあたる地域は、江西排水路の東にあることから江東と呼ばれており、校名もそれに由来すると思われる。

沿革[編集]

  • 1873年(明治6年) -
  • 1886年(明治19年) - 三餘義校が浅草簡易科小学校、淵静義校が淵静簡易科小学校、高遠第一義校が高遠簡易科小学校に、それぞれ改称する。
  • 1890年(明治23年) - 浅草簡易科小学校が浅草尋常小学校、淵静簡易科小学校が淵静尋常小学校、高遠簡易科小学校が高遠尋常小学校に、それぞれ改称する。
  • 1897年(明治30年)4月1日 -
  • 1897年(明治30年)8月 - 淵静尋常小学校と高遠尋常小学校が統合され、両村尋常小学校となる。
  • 1907年(明治40年)4月 - 浅草尋常小学校と両村尋常小学校が統合され、江東尋常小学校となる。統一校舎は無く、旧・浅草尋常小学校を第一分教場、旧・淵静尋常小学校を第二分教場、旧・高遠尋常小学校を第三分教場とする。
  • 1915年(大正4年) - 農業補習学校を併設する。
  • 1916年(大正5年) - 現在地に移転。
  • 1941年(昭和16年) - 江東国民学校に改称する。
  • 1947年(昭和22年)4月 - 安八郡学校組合立江東小学校に改称する。
  • 1947年(昭和22年)10月1日 - 洲本村が大垣市に編入される。同時に大垣市安八郡学校組合立江東小学校に改称する。
  • 1948年(昭和23年)6月1日 - 浅草村が大垣市に編入される。同時に大垣市立江東小学校に改称する。
  • 1949年(昭和24年) - 大垣市立江東中学校を併設する。
  • 1967年(昭和42年) - 江東中学校と川並中学校が統合され、大垣市立江並中学校となる。併設の江東中学校は江並中学校江東教室となる。
  • 1968年(昭和43年) - 江並中学校の統合校舎が完成し、江並中学校江東教室は廃止。江東小学校は単独校となる。
  • 1972年(昭和47年) - 新校舎(鉄筋コンクリート造3階建)が完成。
  • 1975年(昭和50年) - 校舎を増築。
  • 1978年(昭和53年) - 校舎を増築。
  • 1980年(昭和55年) - 校舎を増築。


参考文献[編集]

  • 岐阜県大垣市外渕町史 (碧還寺[注釈 2]細川道央[注釈 3] 2000年) P.136 - 147

注釈[編集]

  1. ^ 高遠学校ともいう。
  2. ^ 大垣市外渕1丁目453にある寺院。
  3. ^ 当時の住職

出典[編集]

  1. ^ 大垣市立小中学校の通学区域等を定める規則


関連項目[編集]