大垣市立静里小学校

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大垣市立静里小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大垣市
設立年月日 1910年
共学・別学 男女共学
所在地 503-0982 
岐阜県大垣市久徳町423
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大垣市立静里小学校(おおがきしりつ しずさとしょうがっこう)は、岐阜県大垣市にある市立小学校

校区は静里町、桧町、中曽根町、荒川町(大谷川以西を除く)、久徳町である[1]

沿革[編集]

  • 1873年(明治6年)6月 -
  • 1880年(明治13年) -
    • 講習義校が講習学校に改称する。
    • 桧村義校が福田村の由生学校に統合される。
  • 1886年(明治19年) - 長松村荒川村中曽根村島村十六村綾戸村矢道村榎戸村で学校組合を設置し、長松尋常高等小学校[注釈 2]が開校する。
  • 1889年(明治22年)以前 - 講習学校が廃校となる[注釈 3]
  • 1897年(明治30年)4月1日 - 静里村、荒川村久徳村中曽根村桧村が合併し、静里村が発足。静里・久徳は大垣町の久瀬川尋常小学校、荒川・中曽根・笠毛は荒崎村の長松尋常高等小学校、桧は宇留生村宇留生尋常小学校へ委託する。
  • 1910年(明治43年)4月 - 静里村に静里尋常小学校が開校。静里村小笠毛に仮校舎が完成し、荒崎村と宇留生村への児童委託を解除。荒川・中曽根・笠毛・桧の児童が通学する。
  • 1912年(明治45年)4月 - 久徳の児童が久瀬川尋常小学校から静里尋常小学校に転入する。
  • 1916年(大正5年)4月 - 現在地に校舎が完成。大垣町への児童委託を解除し、静里の児童が久瀬川尋常小学校から静里尋常小学校に転入し、静里村の児童が全て静里尋常小学校に通学となる。
  • 1917年(大正6年) - 静里尋常高等小学校に改称する。
  • 1940年(昭和15年)2月11日 - 静里村が大垣市に編入される。
  • 1941年(昭和16年) - 静里国民学校に改称する。
  • 1945年(昭和20年)7月29日 - 大垣空襲により校舎が全焼。大垣西国民学校の校舎の一部、及び数箇所の寺院で分散授業。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 大垣市立静里小学校に改称する。
  • 1948年(昭和23年) - 校舎を新築。
  • 1971年(昭和46年) - 新校舎(鉄筋コンクリート造)が完成。
  • 1975年(昭和50年) - 校舎を増築。

参考文献[編集]

  • 新修大垣市史 通史編二 (大垣市 1968年) P.429 - 473  723 - 735
  • 私たちのまち荒川 (荒川町自治会 1992年)

脚注[編集]

  1. ^ 大垣市立小中学校の通学区域等を定める規則

注釈[編集]

  1. ^ 1875年に塩田村と徳光村が合併し静里村
  2. ^ 現・大垣市立荒崎小学校。
  3. ^ 新修大垣市史通史編二 P.463の明治22年の大垣市域の小学校一覧表には、静里村の地域の学校の記載は無い


関連項目[編集]