大宮町 (埼玉県)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大宮町
廃止日 1940年11月3日
廃止理由 新設合併
大宮町日進村三橋村大砂土村宮原村大宮市
現在の自治体 さいたま市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
北足立郡
総人口 39,291
国勢調査1940年
隣接自治体 浦和市
北足立郡与野町三橋村日進村宮原村大砂土村片柳村
大宮町役場
所在地 埼玉県北足立郡大宮町大字大宮[1]
 表示 ウィキプロジェクト

大宮町(おおみやまち)は、埼玉県北足立郡に存在した。現在のさいたま市大宮区北区に位置する。後身の大宮市1940年昭和15年)に新設合併によって誕生したもので、本町とは別の自治体である。

地理[編集]

歴史[編集]

沿革[編集]

行政[編集]

歴代町長[編集]

  • 矢部忠右衛門(1889年5月23日~1890年9月22日)
  • 井上信道(1890年12月23日~1894年12月22日、1898年2月24日~1898年3月6日、1901年2月1日~1901年5月1日)
  • 白井助七(1895年5月15日~1896年5月19日)
  • 吉田茂助(1896年5月12日~1897年2月16日)※町長代理
  • 山崎喜左衛門(1897年3月16日~1898年2月17日)
  • 橋本八五郎(1898年3月9日~1899年7月17日)
  • 星野宗助(1899年7月26日~1899年12月4日)
  • 松尾永起(1899年12月5日~1901年2月1日)※職務代理
  • 阪泰碩(1901年5月16日~1901年10月21日)
  • 平沢増五郎(1901年11月13日~1902年10月13日、1905年5月8日~1909年4月6日)
  • 前川正則(1902年10月30日~1905年3月22日)
  • 西角井正男(1909年6月30日~1910年4月20日)
  • 佐川重作(1910年5月28日~1910年9月14日)
  • 関根嘉重(1910年10月25日~1918年10月25日)
  • 小口槇太(1918年10月30日~1927年12月19日)
  • 本多定積(1928年2月11日~1930年11月13日)
  • 大作徳郎(1931年3月17日~1935年1月3日)
  • 萩原喜代盛(1935年5月14日~1937年7月2日)
  • 宇治田積(1937年7月23日~1940年11月2日)

経済[編集]

農業

『大日本篤農家名鑑』によれば大宮町の篤農家は、「平澤増五郎、尾熊森太郎、栗原精一、大島周次郎、磯崎覺太郎、関根由蔵、沼上紋蔵、星野誠作、加藤定吉、清水徳太郎」などである[3]

交通[編集]

鉄道路線[編集]

道路[編集]

現在の町名[編集]

さいたま市大宮区

大成・櫛引・三橋を除く全域

さいたま市北区

盆栽町植竹町

出身・ゆかりのある人物[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』183-184頁。
  2. ^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』1420頁。
  3. ^ 『大日本篤農家名鑑』285頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年5月25日閲覧。
  4. ^ a b c d e f 『日本紳士録 第38版』埼玉カ、キ、ク、ケ、コの部8-9頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年5月26日閲覧。

参考文献[編集]

  • 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第38版』交詢社、1934年。
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。

関連項目[編集]